まずは結婚してからだ
 午前三時に寝ぼけたままタクシーに飛び乗る生活から解放される。
 それが一番羨ましい。

「あの辺りなら、探せば手頃な賃貸があるから思い切って引っ越してくるのもアリだと思うけど」

「そうですよね。でも、今住んでいるマンションのオーナーが父の恩師の方で、相場より安く貸してくださってるので。しばらくはご厚意に甘えさせてもらうつもりです」

 更新時期が近づいているので管理会社から契約に関する書面が届いているが、今回も更新するつもりだ。
 大学時代から十年もお世話になっているオーナーとの縁を、自ら手放すのは心苦しいのだ。

「でも最近はお年のせいか入院されることもあるみたいで心配なんです。ひとり暮らしを始めた私が安心して暮らせるように気を配ってくれたのに、なにもお返しできてなくて。私にできることがあればって思うんですけど。……いえ。それは先輩には関係ないですね」

 匠にわざわざする話でもない。
 花梨は慌てて笑顔を作った。

「そういえば。そろそろ新千歳便の出発時刻ですね」

 ダッシュボードの上に固定されているデジタル時計は十九時を表示している。
 ホテルのエレベーターで偶然出会った男性たちの顔が、頭に浮かんだ。

「間に合っていたらいいですね」

 定刻どおりなら、機体は駐機場から動き出しているはずだ。

「ん? どうかしたのか?」

 ふと黙り込んだ花梨に、匠は首をかしげた。
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