まずは結婚してからだ
* * *
新郎新婦がお色直しで中座している合間、会場の外で電話を一本入れて戻ってきた匠の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
『電車で帰るから大丈夫』
振り向くと、披露宴会場を出てすぐのスペースで、高校の後輩であり現在は同じ職場で働く沢野花梨が、ソファに腰を下ろしスマホを耳に当て話していた。
その表情はほんのり紅潮していて柔らか。
普段から笑みを絶やさず温かい雰囲気の持ち主だがその時の彼女はいつも以上に幸せそうに見えた。
電話の相手は恋人だろうか。
やがて通話を終えた彼女は、明らかに気落ちし肩を落とした。
恋人と喧嘩でもしたのかと、余計なお世話だとわかっていても気になり動けずにいると、彼女はあっという間に顔をほころばせた。
『このホテルで結婚式っていいかも……いい。絶対にいい』
声を弾ませ笑みこぼれる表情はとても輝いていて、幸せそうに見えた。
恋人との間で、具体的な結婚の話が出ているのかもしれない。
――変わらないな。
匠は小さく笑みを漏らし会場に戻ろうとするも、花梨の柔らかな表情から目が離せず、思わず声をかけた。
『沢野さん、だよね』
その瞬間、花梨は大きく目を見開いた。
「とっさに脚が動いたんだよな」
今思い出してもどうして声をかけたのか、はっきりしない。
自宅に戻り、入浴を終えた匠は冷蔵庫から取り出した炭酸水を口に運んだ。