役目を終えたはずの巫女でした――選ばれなかった10年の先で、想い続けた騎士にもう一度出会う
第91章 祝福の光の中で―――選んだ未来のその先へ
桜は鏡の中の自分を、じっと見つめた。
化粧って、すごい。
本当に、自分じゃないみたいだ。
落ち着かないまま小さく息をついた、そのとき。
控室の扉がノックされた。
「……はい」
少しだけ緊張のにじんだ声で返事をすると、扉がゆっくりと開く。
その瞬間、桜はただ見惚れてしまった。
そこに立っていたのは、クロトだった。
――これは、反則でしょ。
思考が一瞬止まる。
この半年で、少しは慣れてきたと思っていたのに。
やっぱり、全然だめかもしれない。
顔立ちが整っているとか、そういう話ではない。
もう、存在感そのものが違う。
どうしてこの人が、私と結婚したいとまで思ってくれたのか。
この半年、何度も繰り返してきた問いが、また頭の中に浮かぶ。
その問いを一度だけ、思わず本人にこぼしてしまったことがある。
けれど、返ってきたのは言葉だけではなかった。
行動でも、十分すぎるほどに示されてしまった。
あれは……。
ふと思い出して、桜は今さらのように頬を染める。
そんな桜を、クロトは黙って見つめていた。
言葉にすることはない。
けれど視線は、自然と目の前の姿に引き寄せられていく。
この半年、婚約者として過ごしてきた時間。
そして今日、ようやく妻として桜を迎えることができる。
その事実が胸の奥に満ちていく。
満たされる思いと、確かな幸福。
けれど同時に、この先もずっと、桜が自分の隣にいることを選び続けられるように、守っていくのだと改めて心の中で定めていた。
クロトは一歩近づき、手を差し出す。
「行きましょうか」
桜は一瞬だけその手を見つめ、それから少し頬を染めたまま、そっと手を重ねた。
触れた瞬間、ほっとする。
それでも、緊張までは消えない。
足取りは、まだ少し頼りなかった。
「大丈夫ですか、サクラ」
どこか笑みを含んだ声で、クロトが問う。
「緊張で……」
桜は視線を落としたまま、小さく続けた。
「手、冷たいですよね」
クロトは一度、その手元を見下ろす。
「……そうですね」
そう言ってから、包み込むように指を絡め、握り直した。
「ありがとうございます……」
桜も少しだけ力を込めて握り返す。
「だって、思ったより大事になってしまって」
思わずため息が漏れた。
神殿で行われる、大きな結婚式。
想像していなかったわけではないけれど、実際にその場に立つとなると、落ち着いてはいられない。
クロトもまた、少しだけ遠い目をしてから息をついた。
「サクラは元巫女ですし、診療所でも顔が広いですから」
「クロトさんだって、副師団長ですし……貴族、ですよね」
桜がそう言うと、クロトはわずかに苦笑する。
「私も、正直こういう場は得意ではないのですが……気づけば、外堀を埋められていました」
「……ですよね」
思わず桜も頷く。
互いにぼやくようなことを口にして、ふと目が合った。
そして、どちらからともなく少しだけ笑ってしまう。
けれど次の瞬間、クロトの表情にほんのわずかに申し訳なさが差した。
「本来なら、私が止めるべきでした。サクラには、なるべく負担をかけたくなかった」
桜はすぐに首を横に振る。
「クロトさんのせいじゃないです」
それから少しだけ言葉を探して、続けた。
「それに……皆さんが祝福したいと思ってくださってるのは、ちゃんと分かっていますから」
「あぁ」
クロトも小さく頷く。
二人はもう一度だけ視線を交わし、やわらかな笑みを交わした。
そして、式場の扉の前に立つ。
扉が開く。
二人は並んで、ゆっくりと歩き出した。
その姿を、さまざまな立場の者たちが見守っていた。
――――――――――
少し離れた位置で、凜はその光景を見つめていた。
「桜ちゃん、幸せそう」
ぽつりと漏らすと、隣に立つリーゼが穏やかに頷く。
「そうですね」
「まぁ、桜ちゃんへの溺愛ぶり見てたら、心配はしてないけど」
凜は苦笑しながら、これまで何度か見た二人の様子を思い出す。
リーゼはそんな凜と、前を歩く二人を交互に見て、ふっと微笑んだ。
「本当……よかった」
凜のその小さなつぶやきは、祝福のざわめきに溶けるように消えた。
――――――――――
親族席で、アルトはクロトを感慨深げに眺めていた。
弟の幼い頃からのさまざまな記憶が、走馬灯のように頭をめぐる。
「……あいつが結婚するとは。数年前なら考えもしなかった」
ぽつりと漏らすと、隣のエリスが小さく笑う。
「えぇ、本当に」
その間にいたリナが、きらきらした目で前を見つめたまま言った。
「サクラちゃん、きれい」
それから、少しだけ声を弾ませて続ける。
「クロトおじちゃん、すごく嬉しそう。サクラちゃんのこと、大好きだもんね」
アルトは一瞬だけ目を細め、それから視線を前へ戻した。
――――――――――
少し離れた位置で、ヴァルターは腕を組んだまま式を見ていた。
「……あの男がな」
誰に向けるでもなく、小さく呟く。
かつては、他人を危険にさらすくらいなら、すべてを背負う男だった。
それが人生の伴侶を得て、以前のように自分を削る戦い方はしなくなった。
無理をしないわけではない。
けれど、踏みとどまるようになった。
「変わったものだな」
その声音には、どこか安堵が混じっていた。
しばらく二人を見つめてから、
「……まぁ、良かったか」
小さく、そう締めくくった。
――――――――――
リエットは祝福を与える巫女として、ゆっくりと近づいてくる二人を見つめていた。
神殿長のもとで式が進む中、その役目を担う立場として正面に立つ。
かつての巫女と騎士ではなく、伴侶として並ぶ二人の姿に、小さく息を吐いた。
本当に、よかった。
十年来の知り合いでもあるリエットにとって、この結婚はただただ喜ばしいものだった。
そう思いながら、ほんのわずかに目を細める。
――――――――――
クロトさんと共に、足を一歩ずつ進める。
ちゃんと歩けてるかな。
変じゃないかな。
そんなことばかりが気になって、前を見る余裕なんてなかった。
でも――
時折、隣から視線を感じる。
そっと顔を上げると、クロトさんと目が合った。
大丈夫だと言うように、ほんのわずかに頷かれる。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。
握られている手の温もりと、その視線に支えられるようにして、私は前へと足を進めた。
やがて、正面に立つ神殿長の前で足を止める。
神殿長が、わずかに手を上げた。
「――では、祝福を」
その合図に、リエット様が儀式用の杖を掲げる。
向かい合うのが、この儀式の形だ。
「お二人の未来に、祝福を」
澄んだ声が、場に満ちる。
次の瞬間、やわらかな金色の光が、私たちを包み込んだ。
温もりのように降り注ぐその光の中で――
「必ず、守ります」
クロトさんの低い声が、私にだけ届く。
私はわずかに目を見開いて、それから頬を染めながら、小さく頷いた。
「……私も、必ずそばにいますね」
言葉にすると、少しだけ震えた。
けれど、握り返した手には、きちんと力を込める。
光に包まれながら、そっと息を吐く。
――この人の隣で、生きていこう。
※これにて本編は完結となります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
化粧って、すごい。
本当に、自分じゃないみたいだ。
落ち着かないまま小さく息をついた、そのとき。
控室の扉がノックされた。
「……はい」
少しだけ緊張のにじんだ声で返事をすると、扉がゆっくりと開く。
その瞬間、桜はただ見惚れてしまった。
そこに立っていたのは、クロトだった。
――これは、反則でしょ。
思考が一瞬止まる。
この半年で、少しは慣れてきたと思っていたのに。
やっぱり、全然だめかもしれない。
顔立ちが整っているとか、そういう話ではない。
もう、存在感そのものが違う。
どうしてこの人が、私と結婚したいとまで思ってくれたのか。
この半年、何度も繰り返してきた問いが、また頭の中に浮かぶ。
その問いを一度だけ、思わず本人にこぼしてしまったことがある。
けれど、返ってきたのは言葉だけではなかった。
行動でも、十分すぎるほどに示されてしまった。
あれは……。
ふと思い出して、桜は今さらのように頬を染める。
そんな桜を、クロトは黙って見つめていた。
言葉にすることはない。
けれど視線は、自然と目の前の姿に引き寄せられていく。
この半年、婚約者として過ごしてきた時間。
そして今日、ようやく妻として桜を迎えることができる。
その事実が胸の奥に満ちていく。
満たされる思いと、確かな幸福。
けれど同時に、この先もずっと、桜が自分の隣にいることを選び続けられるように、守っていくのだと改めて心の中で定めていた。
クロトは一歩近づき、手を差し出す。
「行きましょうか」
桜は一瞬だけその手を見つめ、それから少し頬を染めたまま、そっと手を重ねた。
触れた瞬間、ほっとする。
それでも、緊張までは消えない。
足取りは、まだ少し頼りなかった。
「大丈夫ですか、サクラ」
どこか笑みを含んだ声で、クロトが問う。
「緊張で……」
桜は視線を落としたまま、小さく続けた。
「手、冷たいですよね」
クロトは一度、その手元を見下ろす。
「……そうですね」
そう言ってから、包み込むように指を絡め、握り直した。
「ありがとうございます……」
桜も少しだけ力を込めて握り返す。
「だって、思ったより大事になってしまって」
思わずため息が漏れた。
神殿で行われる、大きな結婚式。
想像していなかったわけではないけれど、実際にその場に立つとなると、落ち着いてはいられない。
クロトもまた、少しだけ遠い目をしてから息をついた。
「サクラは元巫女ですし、診療所でも顔が広いですから」
「クロトさんだって、副師団長ですし……貴族、ですよね」
桜がそう言うと、クロトはわずかに苦笑する。
「私も、正直こういう場は得意ではないのですが……気づけば、外堀を埋められていました」
「……ですよね」
思わず桜も頷く。
互いにぼやくようなことを口にして、ふと目が合った。
そして、どちらからともなく少しだけ笑ってしまう。
けれど次の瞬間、クロトの表情にほんのわずかに申し訳なさが差した。
「本来なら、私が止めるべきでした。サクラには、なるべく負担をかけたくなかった」
桜はすぐに首を横に振る。
「クロトさんのせいじゃないです」
それから少しだけ言葉を探して、続けた。
「それに……皆さんが祝福したいと思ってくださってるのは、ちゃんと分かっていますから」
「あぁ」
クロトも小さく頷く。
二人はもう一度だけ視線を交わし、やわらかな笑みを交わした。
そして、式場の扉の前に立つ。
扉が開く。
二人は並んで、ゆっくりと歩き出した。
その姿を、さまざまな立場の者たちが見守っていた。
――――――――――
少し離れた位置で、凜はその光景を見つめていた。
「桜ちゃん、幸せそう」
ぽつりと漏らすと、隣に立つリーゼが穏やかに頷く。
「そうですね」
「まぁ、桜ちゃんへの溺愛ぶり見てたら、心配はしてないけど」
凜は苦笑しながら、これまで何度か見た二人の様子を思い出す。
リーゼはそんな凜と、前を歩く二人を交互に見て、ふっと微笑んだ。
「本当……よかった」
凜のその小さなつぶやきは、祝福のざわめきに溶けるように消えた。
――――――――――
親族席で、アルトはクロトを感慨深げに眺めていた。
弟の幼い頃からのさまざまな記憶が、走馬灯のように頭をめぐる。
「……あいつが結婚するとは。数年前なら考えもしなかった」
ぽつりと漏らすと、隣のエリスが小さく笑う。
「えぇ、本当に」
その間にいたリナが、きらきらした目で前を見つめたまま言った。
「サクラちゃん、きれい」
それから、少しだけ声を弾ませて続ける。
「クロトおじちゃん、すごく嬉しそう。サクラちゃんのこと、大好きだもんね」
アルトは一瞬だけ目を細め、それから視線を前へ戻した。
――――――――――
少し離れた位置で、ヴァルターは腕を組んだまま式を見ていた。
「……あの男がな」
誰に向けるでもなく、小さく呟く。
かつては、他人を危険にさらすくらいなら、すべてを背負う男だった。
それが人生の伴侶を得て、以前のように自分を削る戦い方はしなくなった。
無理をしないわけではない。
けれど、踏みとどまるようになった。
「変わったものだな」
その声音には、どこか安堵が混じっていた。
しばらく二人を見つめてから、
「……まぁ、良かったか」
小さく、そう締めくくった。
――――――――――
リエットは祝福を与える巫女として、ゆっくりと近づいてくる二人を見つめていた。
神殿長のもとで式が進む中、その役目を担う立場として正面に立つ。
かつての巫女と騎士ではなく、伴侶として並ぶ二人の姿に、小さく息を吐いた。
本当に、よかった。
十年来の知り合いでもあるリエットにとって、この結婚はただただ喜ばしいものだった。
そう思いながら、ほんのわずかに目を細める。
――――――――――
クロトさんと共に、足を一歩ずつ進める。
ちゃんと歩けてるかな。
変じゃないかな。
そんなことばかりが気になって、前を見る余裕なんてなかった。
でも――
時折、隣から視線を感じる。
そっと顔を上げると、クロトさんと目が合った。
大丈夫だと言うように、ほんのわずかに頷かれる。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になる。
握られている手の温もりと、その視線に支えられるようにして、私は前へと足を進めた。
やがて、正面に立つ神殿長の前で足を止める。
神殿長が、わずかに手を上げた。
「――では、祝福を」
その合図に、リエット様が儀式用の杖を掲げる。
向かい合うのが、この儀式の形だ。
「お二人の未来に、祝福を」
澄んだ声が、場に満ちる。
次の瞬間、やわらかな金色の光が、私たちを包み込んだ。
温もりのように降り注ぐその光の中で――
「必ず、守ります」
クロトさんの低い声が、私にだけ届く。
私はわずかに目を見開いて、それから頬を染めながら、小さく頷いた。
「……私も、必ずそばにいますね」
言葉にすると、少しだけ震えた。
けれど、握り返した手には、きちんと力を込める。
光に包まれながら、そっと息を吐く。
――この人の隣で、生きていこう。
※これにて本編は完結となります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

