こもれび日和
しかし――

その記憶は、
歩と直の中には残っていなかった。

事件当日、二人は極度の恐怖と混乱で
記憶が途切れてしまっていたのだ。

後に二人は保護され、
さまざまな人たちの助けのもとで
コモレビ村にたどり着いた。

スギムラ刑事は異動願いを出し、
あえて静かな村・コモレビへ赴任した。

理由は、誰にも言っていない。

けれど、ひとつだけ確かなことがある。

あの日抱きしめた小さな二人が、
今ここで笑ってくれている。

それが彼にとって何よりの救いだった。


探検団バッジを胸につけた歩と直が、
交番の前に駆けてきた。

「スギムラさーん!」
「みて!バッジ、まだつけてるよ!」

スギムラ巡査は柔らかい笑みを浮かべる。

「おう。似合ってるぞ、団員たち」

歩は胸を張って言った
「ぼく、おっきくなったらね……
スギムラさんみたいになるんだ!」

直も照れながら言う。

「ぼくも……なるかもしれない……」

その言葉に、スギムラ巡査は一瞬だけ
何かをこらえるように目を細めた。

しかし、すぐにいつもの優しい声で返した。

「そうか。
その時まで、しっかり見守らないとな」

歩と直は理由も知らないまま、
にっこりと笑った。

それで十分だった。


スギムラ巡査だけが知っている。

あの日、涙で震える二人を抱きしめた腕の重さ。
命を守れたという安堵。
そして――二人が笑顔に戻ったという奇跡。

歩と直は覚えていない。
覚えていなくてもいい。

スギムラ巡査にとっては、
あの日の出来事が人生で一番
「守ってよかった」と思える瞬間だったから。

その過去を胸にしまいながら、
今日も彼はコモレビ村で子どもたちの見守りに立っている。
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