こもれび日和

また会える日まで




少し静かになった春夏秋冬家

その日からの歩と直は、
いつもより少し静かだった。

保育園から帰ってきても、
以前のように「きょうね!」「あのね!」と
立て続けに話すことが減った。

「……きょう、保育園でさ」
歩がソファに座ったまま、ぽつりと言う。

「ユイちゃんの机、もうなかった」
直が続ける。

ふたりの声には、
ぽっかり空いた穴に触れないようにしているような、
そんな遠慮があった。

律は、
その様子を台所からそっと見ていた。

(……よし)

心の中で、小さく決意する。


その日の夕方。
台所から、とっておきのいい匂いがしてきた。

「おとうさん、きょうのごはん、なんかいつもとちがうにおいする」
歩が鼻をひくひくさせる。

「スペシャルだからね」
律はウィンクして、テーブルに皿を運んだ。

並んだのは――

・彩り野菜のサラダ
・ふわとろオムライス
・トマトのグラタン
・そして、つやつやと揺れる手作りの苺ゼリー

「わぁぁぁ!!」
歩の目が一気に明るくなる。

「おいしそう……!」
直もさっきまでの曇った顔がふわっとほどけた。

「今日は、“元気が出るごはん”だよ」
律が言う。

「かなしいときも、さみしいときも、
 おなかいっぱいになると、ちょっとだけ力がわいてくるからね」

蘭も笑ってうなずく。

「ユイちゃんがいたら、きっと『おいしい』って真っ先に言うだろうね」

歩と直は顔を見合わせて、
「いただきます!」と、いつもより大きな声で手を合わせた。

オムライスをひと口食べると、
ふわふわの玉子とケチャップライスの優しい味。

「……おいしい!」
「トマトのグラタンも、あつあつ〜!」

苺ゼリーは、
まるで宝石みたいに赤く、
食べるたびに少しだけ心が明るくなるような気がした。



ごはんを食べ終えると、
歩が急に立ち上がった。

「……ぼく、ユイちゃんに手紙書く」

直も、
「ぼくも……!」と言って、後を追いかける。
律は、そっと便せんと色ペンを渡した。

こたつのテーブルで、
歩は真剣な顔でペンを握る。

『ユイちゃん げんきですか
 ぼくたちは げんきです
 このまえのうた またうたったよ』

直は少し時間をかけながら、
丸い字で一生懸命綴る。

『ユイちゃんへ
 ぼくは まいにち おにぎりたべてます
 また いっしょに えをかこうね』

書き終えた手紙を、
蘭が優しく封筒に入れた。

「ちゃんとミドリカワ町に届くように、ポストに入れようね」



それから、少し日がたったある日。

蘭が玄関から声を上げた。

「おてがみ、きてるよ!」

ふたりは走っていく。

ポストから出された封筒には、
見覚えのあるまるい字で

『コモレビむらの みんなへ
 ユイより』

と書かれていた。

リビングで封を開けると、
中からカラフルな便せんが出てきた。

『歩くん 直くんへ

 ミドリカワまちのほいくえんは まだなれないけど
 せんせいはやさしいです

 こないだ そらに ちいさいにじがでました
 歩くんと いっしょにみた にじを おもいだしました

 また うた うたってね
 わたしも ときどき うたってます

 ユイより』

歩は、
読み終わる前から、
もう顔がほころんでいた。

「……ユイちゃん、虹見たんだって!」
「いっしょにうたってるって!」

直の声も弾んでいる。

さっきまでのさみしさが、
ほんの少し形を変えて、
“会えないけど、つながっている”あたたかさになっていく。


しばらくして、歩が立ち上がった。

「直、ラジカセ出そう!」

「うん!」

押し入れからラジカセを引っぱり出し、
お別れ会のときに録音しておいたCDをセットする。

再生ボタンを押すと、
あの日のドラムとギターの音が部屋中に響いた。

歩は、マイク代わりにテレビのリモコンを握りしめ、
大きな声で歌い始める。


直も隣で、
一緒に跳ねるように歌う。


その声は、
リビングから台所、廊下まで響き渡った。

原稿を書いていた蘭が、
仕事机から顔を出す。

「ちょ、ちょっとふたりとも!
 お母さんお仕事中なんだけどー!」

「ごめーん!!」
と言いながらも、
歩と直は笑いが止まらない。

曲が終わると、
すぐにまた巻き戻して、再生。


「こらー!音、もう少し小さくしてー!」
蘭の声が飛ぶ。

「はーい!!」
返事は元気いっぱい。

それでも、
歌うのはやめない。

ラジカセの音量は少し小さくなったけれど、
歩と直の声は、
変わらず全力だった。


ユイがミドリカワ町へ行っても、
歩と直のコモレビ村での暮らしは続いていく。

でもその中には、
ユイと見た虹の色や、
一緒に歌った歌のメロディーが、
ちゃんと息づいていた。

歩と直の笑い声と歌声は、
少し先の春を連れてくるように、
春夏秋冬家いっぱいに響き渡っていた。














 
 

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