こもれび日和
「ユイちゃん。
 きっと、この歌のこと、ずっと忘れないね」

ユイは、涙で少しぐしゃぐしゃになった顔のまま、
でも笑ってうなずいた。

「……うん。
 わたし……この日、ぜったい忘れない」

その言葉を聞いて、
歩の胸の中にあった寂しさが、
少しだけ、あたたかい光に変わった。


その日、コモレビ保育園のホールには、
小さな革ジャンロックバンドが残した
熱い空気がいつまでも漂っていた。

ユイのためのお別れ会は――
涙も笑いも、歌声も、全部まとめて
大切な「宝もの」になったのだった。

ユイたちがミドリカワ町へ引っ越す日。
コモレビ村の空は、よく晴れていたけれど、
どこか胸の奥がきゅっとなるような、そんな朝だった。

アオヤマ家の前の道には、
荷物をいっぱいに積んだ軽トラックが停まっている。

段ボール、スーツケース、小さな観葉植物。
その合間に、保育園でも使っていた黄色い水筒が顔をのぞかせていた。



ユイの父・ショウゴは、
村の人たちひとりひとりに頭を下げていた。

「本当に、お世話になりました。
 この村で暮らせて、幸せでした」

その表情は笑っているけれど、
その目には、ほんの少し名残惜しさの色がにじんでいた。

「ミドリカワ町でも、きっとすぐに馴染みますよ」
スギムラ巡査がそう言うと、ショウゴは照れたように笑う。

「そうだといいんですが……。
 でも、きっとまた遊びに来ます。コモレビ村は、第二の故郷ですから」

その隣では、
ユイの母・ミハルと蘭が手をぎゅっと握り合っていた。

「ミハルさん……元気でね」
「蘭さんも。」

ミハルの目には涙。
蘭もつられて目が赤くなる。

「ユイちゃんのこと、絶対忘れないから」
「……うん。わたしも、絶対忘れない」

ふたりは笑いながら泣いて、
何度も何度も「ありがとう」をくりかえした。


出発の瞬間

いよいよ発車の時間が近づいた。

運転席にはショウゴ。
助手席にはミハル。
後部座席の窓からは、ユイの小さな顔がのぞいている。

エンジンがかかると、
村の道に静かな振動が広がった。

「ユイー!」「げんきでねー!」
トモもマキも、保育園の友達が大きく手を振る。

歩も、直も、
手がちぎれそうなくらい振り続けた。

ユイは窓を少し開けて、
身を乗り出すようにして、大きな声で叫ぶ。

「みんな、ありがとうー!!バイバーイ!!」

声が風にのって、村の坂道にひびいた。

軽トラックはゆっくりと動き出し、
曲がり角のところで一度だけ止まりかけたように見えた。

ユイが、もう一度だけ、
うんと大きく手を振る。

歩も、最後まで、ずっと手を振っていた。

車が見えなくなったあとも、
しばらくその手は下がらなかった。

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