私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~
「突然失礼します。マリーベルです。閣下にお渡ししたい物があるので、よろしいでしょうか?」
「入れ」
ノックをすれば、すぐに扉の向こうからギルベルトの声がした。
「失礼します」
マリーベルが入室し、真っ先に目に入ったのは重厚な机に高く積まれた資料の山だ。ギルベルトはその山の間で分厚い本を広げていた。
服装はラフなものに着替えているものの、やはり帰って来てから少しも休んでいないようで、顔には濃い疲労の色が帯びたまま。
ギルベルトはおもむろに視線を上げてマリーベルの入室を確認すると、机から腰を上げた。
「そこのソファに座ってくれ。で……渡したい物とは? 今日中に終わらせたい調べ物があるから、手短に頼む」
追い払うことなく入室許可をくれた上に、わざわざ手を止めて耳を傾けてくれるギルベルトは本当に真摯な人だ。
マリーベルは彼の正面に腰を下ろすと、小瓶を三本テーブルに置いた。
「よく眠れて、短時間でも疲れが取れる回復薬をご用意しました。服用は一日一本、夕方以降にどうぞ」
「医者に頼んだのか? 以前も飲んだが気休めにもならなかったが……ん? 色が違うな。改良版か?」
ギルベルトは小瓶を一本手に取り、観察しながらマリーベルに聞く。
「いえ、それは私が調合したものです」
「――君が!?」
「温室の薬草を使わせていただきました」
リュシエール王国のときは薬草の種類が足りず劣化版でしか調合できなかったが、それでも回復薬の評判は良かった。リピーターのいる一番人気の品。
一方で今回は抽出時間が短いものの薬草は揃っている。効き目は今まで作っていた回復薬より高いはず。
これでギルベルトの疲れを少しは癒せるだろうと思ったのだけれど……。
「毒でも入れたか?」
ギルベルトから返ってきたのは、疑心に満ちた言葉だった。彼のそばに控えていたレイも、険しい視線をマリーベルに送ってくる。
そこでマリーベルは致命的なミスに気づいた。
(私は敵国の王女。敗戦の恨みから、閣下の命を狙っていると思われても仕方のない立場。疑われるのは当たり前だわ……! レイが薬草の採取と調合を許してくれていたのは、私が自分で飲む範囲だったから。でも、今ここで回復薬を引っ込めたら本当に毒を入れたと、余計に怪しまれる。よし――)
マリーベルは背筋を伸ばし、ギルベルトの青い目を見つめた。
「毒は入れておりません。それを証明したいので、この三本の中から閣下が一本選んでください。今ここで私が飲みましょう」
「……では、これを」
ギルベルトは手にしていた小瓶をマリーベルに差し出した。
「御前にて失礼いたします」
マリーベルはギルベルトの探るような強い視線を感じる中、一気に中身を飲み干した。
酸味が舌を刺激し、薬草の青々しい香りが口いっぱいに広がる。
だが、それだけだ。マリーベルは倒れることなく、気丈にギルベルトの視線を見つめ返した。
「これで毒ではないと伝われば良いのですが」
「そのようだな」
ギルベルトの表情から疑念の色が消え、マリーベルは胸を撫で下ろす。
もし毒の疑いが晴れなければ、王族暗殺容疑で処刑だってあり得たのだ。
だからといって、得体のしれない飲み物でギルベルトを不安にさせたことには変わりない。
「私の軽率な行動で、閣下を困惑させてしまい失礼しました。日頃から良くしていただいている感謝の印のつもりだったのですが、やっぱり迷惑でしたよね。これは回収させていただきます――って、閣下?」
人質なのにでしゃばりすぎたと、反省しながらマリーベルがテーブルの小瓶に手を伸ばしたとき――ギルベルトが先に小瓶を取り上げた。
そして、彼は戸惑うことなく回復薬を一気に呷った。
「閣下!?」
「ご主人様!?」
予期せぬギルベルトの行動に、マリーベルとレイは揃って目を丸くする。
一方でギルベルトは、空になった瓶を手にして「不思議な味だな」と呑気に後味の感想を述べた。
「閣下、どうしてお飲みに?」
「君が善意で用意してくれた物だろう? それに応えるべきだと思ってな……以前飲んだものと全く味が違うが、悪くない。疑って悪かった」
ギルベルトは神妙な表情を浮かべて、マリーベルに向かって軽く頭を下げた。
彼はもう王族から籍は抜いたけれど、そう簡単に誰かに頭を下げていい人物ではない。ましてやマリーベルは敗戦国の人質で、明らかな格下。
しかしギルベルトは誠意を見せてくれた。
(なんて真っすぐで、律儀なお方なのかしら。これほど素晴らしい人柄の人は他にいないのでは?)
マリーベルの敬愛ポイントはますます溜まっていく。
「い、いえ! こちらこそ信じてくださりありがとうございます。閣下のお役に立てるのなら光栄です」
「気遣い感謝する」
そうして上げられたギルベルトの顔は、無表情であるものの、以前より柔らかいものになっていた。
少しは信頼してくれた証だと思うと、勇気を出して回復薬を作って良かったと感じる。
「では、私はこの辺で。回復薬が効いても過信せず、あまりご無理なさらないでくださいね」
「……善処する」
わずかにギルベルトの目が泳いだが、彼が無理したそのときはまた回復薬を作ればいいだろう。
マリーベルは一礼して、執務室を後にした。
(閣下に飲んでもらえて良かったわ。これで少しは元気になってくれると良いのだけれど。それに自分が作った薬が誰かの役に立つのは、やっぱり嬉しいな)
前世で、幼少期のマリーベルは難病に苦しんでいた。そんな彼女を救ってくれたのが、宮廷薬師が調合した新薬だった。
『薬は私の希望。薬師は、多くの人に希望を与える。私もそんな人になりたい』
強い憧れを抱いたマリーベルは自分を救ってくれた宮廷薬師に弟子入りし、師匠の背を追いかけて研究に励んだ。
残念ながら子どもを庇って馬車に轢かれ、二十歳で夢は潰えてしまったけれど……夢の疑似体験ができただけで嬉しい。
マリーベルは上機嫌で部屋に戻った。
「入れ」
ノックをすれば、すぐに扉の向こうからギルベルトの声がした。
「失礼します」
マリーベルが入室し、真っ先に目に入ったのは重厚な机に高く積まれた資料の山だ。ギルベルトはその山の間で分厚い本を広げていた。
服装はラフなものに着替えているものの、やはり帰って来てから少しも休んでいないようで、顔には濃い疲労の色が帯びたまま。
ギルベルトはおもむろに視線を上げてマリーベルの入室を確認すると、机から腰を上げた。
「そこのソファに座ってくれ。で……渡したい物とは? 今日中に終わらせたい調べ物があるから、手短に頼む」
追い払うことなく入室許可をくれた上に、わざわざ手を止めて耳を傾けてくれるギルベルトは本当に真摯な人だ。
マリーベルは彼の正面に腰を下ろすと、小瓶を三本テーブルに置いた。
「よく眠れて、短時間でも疲れが取れる回復薬をご用意しました。服用は一日一本、夕方以降にどうぞ」
「医者に頼んだのか? 以前も飲んだが気休めにもならなかったが……ん? 色が違うな。改良版か?」
ギルベルトは小瓶を一本手に取り、観察しながらマリーベルに聞く。
「いえ、それは私が調合したものです」
「――君が!?」
「温室の薬草を使わせていただきました」
リュシエール王国のときは薬草の種類が足りず劣化版でしか調合できなかったが、それでも回復薬の評判は良かった。リピーターのいる一番人気の品。
一方で今回は抽出時間が短いものの薬草は揃っている。効き目は今まで作っていた回復薬より高いはず。
これでギルベルトの疲れを少しは癒せるだろうと思ったのだけれど……。
「毒でも入れたか?」
ギルベルトから返ってきたのは、疑心に満ちた言葉だった。彼のそばに控えていたレイも、険しい視線をマリーベルに送ってくる。
そこでマリーベルは致命的なミスに気づいた。
(私は敵国の王女。敗戦の恨みから、閣下の命を狙っていると思われても仕方のない立場。疑われるのは当たり前だわ……! レイが薬草の採取と調合を許してくれていたのは、私が自分で飲む範囲だったから。でも、今ここで回復薬を引っ込めたら本当に毒を入れたと、余計に怪しまれる。よし――)
マリーベルは背筋を伸ばし、ギルベルトの青い目を見つめた。
「毒は入れておりません。それを証明したいので、この三本の中から閣下が一本選んでください。今ここで私が飲みましょう」
「……では、これを」
ギルベルトは手にしていた小瓶をマリーベルに差し出した。
「御前にて失礼いたします」
マリーベルはギルベルトの探るような強い視線を感じる中、一気に中身を飲み干した。
酸味が舌を刺激し、薬草の青々しい香りが口いっぱいに広がる。
だが、それだけだ。マリーベルは倒れることなく、気丈にギルベルトの視線を見つめ返した。
「これで毒ではないと伝われば良いのですが」
「そのようだな」
ギルベルトの表情から疑念の色が消え、マリーベルは胸を撫で下ろす。
もし毒の疑いが晴れなければ、王族暗殺容疑で処刑だってあり得たのだ。
だからといって、得体のしれない飲み物でギルベルトを不安にさせたことには変わりない。
「私の軽率な行動で、閣下を困惑させてしまい失礼しました。日頃から良くしていただいている感謝の印のつもりだったのですが、やっぱり迷惑でしたよね。これは回収させていただきます――って、閣下?」
人質なのにでしゃばりすぎたと、反省しながらマリーベルがテーブルの小瓶に手を伸ばしたとき――ギルベルトが先に小瓶を取り上げた。
そして、彼は戸惑うことなく回復薬を一気に呷った。
「閣下!?」
「ご主人様!?」
予期せぬギルベルトの行動に、マリーベルとレイは揃って目を丸くする。
一方でギルベルトは、空になった瓶を手にして「不思議な味だな」と呑気に後味の感想を述べた。
「閣下、どうしてお飲みに?」
「君が善意で用意してくれた物だろう? それに応えるべきだと思ってな……以前飲んだものと全く味が違うが、悪くない。疑って悪かった」
ギルベルトは神妙な表情を浮かべて、マリーベルに向かって軽く頭を下げた。
彼はもう王族から籍は抜いたけれど、そう簡単に誰かに頭を下げていい人物ではない。ましてやマリーベルは敗戦国の人質で、明らかな格下。
しかしギルベルトは誠意を見せてくれた。
(なんて真っすぐで、律儀なお方なのかしら。これほど素晴らしい人柄の人は他にいないのでは?)
マリーベルの敬愛ポイントはますます溜まっていく。
「い、いえ! こちらこそ信じてくださりありがとうございます。閣下のお役に立てるのなら光栄です」
「気遣い感謝する」
そうして上げられたギルベルトの顔は、無表情であるものの、以前より柔らかいものになっていた。
少しは信頼してくれた証だと思うと、勇気を出して回復薬を作って良かったと感じる。
「では、私はこの辺で。回復薬が効いても過信せず、あまりご無理なさらないでくださいね」
「……善処する」
わずかにギルベルトの目が泳いだが、彼が無理したそのときはまた回復薬を作ればいいだろう。
マリーベルは一礼して、執務室を後にした。
(閣下に飲んでもらえて良かったわ。これで少しは元気になってくれると良いのだけれど。それに自分が作った薬が誰かの役に立つのは、やっぱり嬉しいな)
前世で、幼少期のマリーベルは難病に苦しんでいた。そんな彼女を救ってくれたのが、宮廷薬師が調合した新薬だった。
『薬は私の希望。薬師は、多くの人に希望を与える。私もそんな人になりたい』
強い憧れを抱いたマリーベルは自分を救ってくれた宮廷薬師に弟子入りし、師匠の背を追いかけて研究に励んだ。
残念ながら子どもを庇って馬車に轢かれ、二十歳で夢は潰えてしまったけれど……夢の疑似体験ができただけで嬉しい。
マリーベルは上機嫌で部屋に戻った。