私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~
『不遇王女の才能』
「マリーベル様、そろそろご主人様がご帰宅なさるそうです」
ある日の夕方、エラがマリーベルに教えてくれた。
「閣下が、こんな時間に帰ってくるのですか?」
マリーベルの夫ギルベルトは、クルグス王国の第三王子であり、フォルトナー公爵家の当主であり、魔法騎士団の団長。その肩書の多さからわかるように、非常に多忙な人だ。
朝食を一緒にする暇もなく早朝に出発して、屋敷の中が静まった夜中に帰ってくるのが常。
結婚して一か月が経ったが、日が沈む前に帰宅するなんて初めてのことだ。
「お仕事が一段落ついたのでしょうか? お出迎えしないと……!」
朝のお見送りの任を解かれて以降、マリーベルは公爵夫人らしいことができていない。
(見送りのように断られたら、そのとき引けばいいだけよね?)
快適な生活を通して日々ギルベルトへの敬意が増している彼女にとって、お出迎えは感謝の態度を示せる貴重なチャンス。
逃すわけにはいかないと、ここぞとばかりにマリーベルは部屋を飛び出した。
マリーベルがエントランスに着くと、ちょうど馬車が到着したところだった。
馬車の扉が開かれると、ギルベルトの姿が見える。
久しぶりに近くで見る彼は相変わらず美しい男性だと、そう見惚れそうになったそのとき。
「くっ」
ステップを降り切った途端、ギルベルトはよろめいて地面に片膝を付いた。
「閣下!」
マリーベルは慌ててギルベルトに駆け寄り、膝を付いて顔色を確認する。
血色はそれほど悪くない。しかし肌艶がなく、目の下の隈が酷く濃い。過度の疲労によって、眩暈を起こしたのは明らか。
「閣下、大丈夫ですか? すぐに、お休みにならないと……!」
ギルベルトを支えるつもりでマリーベルは両手を差し出すが、すっと彼に顔を逸らされてしまう。
「俺がやらなければいけないことは山積みなんだ。休む暇などない」
「ですが……っ」
「レイ、手を貸せ」
ギルベルトはマリーベルの手を無視してレイの手を取ると、ふらふらした足取りで屋敷の中へと入っていった。
同じく出迎えていたエラや使用人たちも不安な表情を浮かべているが、屋敷の主に対してもの申せる人物はいない。
それでもマリーベルはギルベルトが心配で追いかけてみたものの、彼は寝室ではなく執務室へ入ってしまった。
(あんな状態なのに、一息つくこともなく仕事を再開するの!?)
早く帰ってきたから今日は休むのかと思ったが、外での用事が終わっただけで、仕事自体は残っていたらしい。
「エラ、閣下はいつまでお忙しいの?」
「レイ様の話によれば、王族の公務の引継ぎは早くてもあと一週間はかかるそうです」
「その間も公爵家の当主の仕事や、魔法騎士団の団長としての任務もあるんですよね?」
「はい。戦後処理もまだ……大事にならなければよいのですが」
屋敷の主を案ずるエラの表情も曇る。
二十四歳と若く、鍛えているギルベルトであってもこれ以上の疲労は危険だ。
けれどもギルベルトの態度は頑なで、代理を立てられるような仕事でないことも察せられる。
形だけの妻であるマリーベルの力では、彼を止めることなど到底できない。
(……でも、やっぱり閣下が倒れるようなことがあったら嫌だわ)
ギルベルトは衣食住を保証してくれているだけではなく、先日レイを通して「この範囲なら自由に好きなものを買ってかまわない」と少なくない金額のお小遣いも与えてくれた。
そのお小遣いとセットでくれた財布は可愛らしい花の刺繍が入っていて、公爵夫人として扱ってくれている律義さに、改めて感謝した。
マリーベルが、ギルベルトに何か恩を返したくなるのは当然で……。
「エラ、今から温室に行きます。そのあと厨房の一角を借りたいので、料理長に話をつけておいてくれませんか?」
「――承知しました!」
エラが頷くのを確認して、マリーベルは温室に向かった。
どこにどんな薬草が生えているか、この数日でほぼ把握できている。目的の薬草を手早く採集し、厨房に飛び込んだ。
「料理長、夕食の準備をする忙しい時間にごめんなさい。ご相談があるのですが、気密性が高い空の小さなガラス瓶はありますか?」
「スパイスを保存するための小瓶なら、こちらに」
料理長が開けた作業台の引き出しの中には、密閉できる小瓶がいくつもあった。
マリーベルはポケットに忍ばせてあった財布から銀貨を出すと、料理長に握らせた。
「ピッタリです。小瓶を三本買わせてください。これが代金です」
「だ、代金ですか!?」
「だって厨房で購入したものを、私の勝手で譲ってもらうんですもの。きちんと支払います。それとも、銀貨一枚では足りませんでしたか?」
「いえ、十分足りますが……そもそもマリーベル様は屋敷の女主人ですから――マリーベル様……?」
ギルベルトにいち早く服用してもらいたいマリーベルの耳に、料理長の戸惑いの声は届くことなく……彼女は早速作業に入った。
回復能力を引き上げるヤエニンニクの葉を、蜂蜜と合わせてすり鉢でペースト状になるまで練る。そのあと少量のお湯を加えて沸騰しないよう湯銭で煮込み、できた煮汁は粗熱が取れるまで置いておく。
その間にモモカラシなどの血行を良くするいくつかの薬草を千切り、オリーブオイルの中に入れて数分ほど漬けこむ。薬草の成分が溶けだしてオリーブオイルが淡い朱色になったところで布巾で包み、エキスを絞り出していった。
「そろそろ、冷めたかな?」
ヤエニンニクの煮汁の粗熱が取れたか確認する頃には、葉が沈殿し透明な上澄みの層が生まれていた。
その上澄みと、先ほど絞ったモモカラシの朱色のエキスを混ぜながら魔力を加えていく。
そうして出来上がった黄色い液体を、譲ってもらった小瓶に移し替えれば完成だ。
「マリーベル様、片付けは私にお任せくださいませ!」
「ありがとう、エラ! いってきます!」
エラの言葉に甘え、マリーベルは早速ギルベルトの執務室に足を運んだ。