私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~
 フォルトナー公爵邸の中に入ったマリーベルは、再び息を呑むことになった。
 エントランスは吹き抜けになっており、高い天井からは煌めく豪奢なシャンデリアが存在感を放っている。床には大理石が敷き詰められ、壁には多くの美しい絵画が飾られており、その清廉さはまるで美術館のよう。
 並外れた財力を保有していることが伝わる一方で、見せびらかすような派手さはなく、品の良さを感じる佇まいだ。


「ここが、君の部屋だ」
「わぁ」


 食堂や応接間などを主要な部屋を巡り、最後に案内されたマリーベルの部屋は、人質にはもったいないほど豪華絢爛だった。
 ベッドは今まで使っていたものの四倍の大きさで、レースの天蓋付き。
 ソファとクッションは刺繍が施されたファブリックで統一。
 調度品はマリーベルのために新しく買ったのか、傷ひとつなく光沢に曇りが一切ない。
 一目で高級品が揃えられているのがわかった。
 冷遇される前のリュシエール王国での部屋よりも、明らかに豪華。
 その上、先ほどレイに預けたトランクは、荷解きがしやすいようにクローゼットの前に置かれた。


(人質なのに、こんなに好待遇で良いのかしら?)


 丁重に扱ってもらえる理由がわからない。与えられる部屋は、物置または屋根裏部屋だろうと覚悟していたくらいなのに。


(……私が粗相をして、高級品に何かあれば糾弾できるのでは? もしかして、いびりの正当な理由を作るために誘導しようと!?)


 部屋があまりにも素敵すぎて、疑ってしまうのは仕方がないだろう。
 そうマリーベルが入口で固まっていると、ギルベルトは人払いをしてソファに座った。


「今後について、重要な話をしたい。君も座ってくれ」
「はい」


 促されるまま、ギルベルトの正面に腰を下ろす。
 そのとき座面が驚くほどふかふかで、危うく変な声が出るところだった。訝しげに視線を寄越すギルベルトに誤魔化しの笑みを浮かべて、背筋を伸ばす。


「重要なお話とは?」
「今日から俺たちは夫婦なわけだが、今回の婚姻で俺は母方の生家フォルトナー公爵家の跡を継ぐことになった。そのため君は王子妃ではなく、公爵夫人という立場になる。事後報告で申し訳ないが、覚えておいてくれ」


 ギルベルトの念を押すような口調には、はっきりとした圧力が含まれていた。
 クルグス王国は、よほど敵国の血を王家に入れたくないのだろう。王女を通してリュシエール王国が政治介入しないよう、急遽ギルベルトは王子から臣下へと立場を変えなければならなかったようだ。


(リュシエール王国から吹っ掛けた戦争に振り回されて、本当にお可哀想……!)


 王子妃から公爵夫人へと格下げになったことに、マリーベルが反論するのでは。そうギルベルトは警戒しているようだが、そんなことできるはずがない。


「承知しました。問題ありません」


 リュシエール王家も、クルグス王国の機嫌を損ねてまでわざわざ抗議などしないはずだ。
 勝手に受け入れておこくことにする。


「なお、結婚式について国際情勢が落ち着いてから行う。見通しが立ったら教えるから、それまで待つように」
「はい」
「そして、これは政略結婚だ。正直、俺の意志は汲まれていない……敵対していたリュシエール王国の王女を愛することは難しいだろう。それは君も同じはず。無理に俺を愛そうとしなくてもいい」


 ギルベルトは至極真面目な態度かつ、淡々とした口調で告げた。


(そうよね。戦争をしていたのだもの。ギルベルト様は今回出陣しなかったようだけれど、仲間や友人が亡くなっていたり、怪我を負った可能性もある。愛せないのは当然だわ)


 もとより、愛されたいという願望は一切なかった。
 ギルベルトの言葉に、失望も怒りも湧くことはない。
 むしろ望んでいない婚姻に対する考えを、真摯に伝えてくれたことに感謝したいくらいだ。


「ちなみに初夜を迎えるつもりもない。好かぬ相手に触れられるのは、君も苦痛だろう? 白い結婚で通せるのなら、そうしたい」


 君も苦痛だろう――ということは、ギルベルトも苦痛ということ。彼は女性となら誰でも寝られるような、軽薄なタイプではないらしい。
 これ以上ギルベルトに可哀想な思いはさせたくない上に、自身も肌を晒すことに強い抵抗を感じていたマリーベルにとって、白い結婚は有難い提案だ。


「閣下のご判断に従います。しかし跡継ぎは必要ですよね? 第二夫人を迎え入れるおつもりですか?」


 王族籍ではなくなったようなので、『殿下』から『閣下』と呼び方を変えてマリーベルは質問を続ける。


「クルグス王国は一夫一妻が基本。第二夫人は認められていないし、君という妻がいるのに婚外子を作るつもりもない。親戚から跡継ぎ候補を探すつもりだ。俺もそういう流れで当主になったからな」


 詳しく聞けば、これまではギルベルトの叔父がフォルトナー公爵家の当主を務めていた。
 しかし叔父夫婦は子宝に恵まれず……この度、当主の甥であるギルベルトが跡継ぎとして選ばれたらしい。


「もちろん、白い結婚だが公爵夫人としての礼儀は通すつもりだ。そこは安心してくれ」
「――!」


 ギルベルトは望まぬ結婚を命じられた上に、その相手は憎き敵国の王女。完全にハズレくじを引いている状態。
 だというのに素敵な部屋を用意し、礼儀まで通すと約束までしてくれた。その上、先ほどは国境から護衛してくれた……ギルベルトは、なんて善人なのだろうか。
 マリーベルの中で、尊敬レベルがぐんぐん上がっていく。


「ご配慮ありがとうございます。閣下の恩情を無下にしないよう立場を弁え、人質として真面目に過ごすことを誓います!」


 ギルベルトの迷惑にはなりたくないし、できるだけ平穏を守ってあげたい。
 マリーベルはその心意気を示すように、力強く宣言した。


「…………そこまでわかっているのなら俺も安心だ。よろしく頼む。では、失礼する」


 ギルベルトは得体の知れないものを見るかのように、眉間に皺を寄せながら退室していった。
(人質のくせに元気良すぎたかな? でも、私には選択肢がないんだもの。与えられた環境で、相手の邪魔にならないように空気を読みながら生きていくだけ)
 少しでも不満を悟られたらどんな目に合うか、母国でたっぷりと味わってきた。
 従順であることを告げ、無害であることを態度で示すのが最善だと身に染みている。


「でも、閣下がいい人そうで良かったわ」


 少なくとも、ギルベルトはむやみに暴力を振るうような人ではなさそうだ。最悪の人質生活は避けられそうだと知れただけで、十分な収穫である。
 こうしてマリーベルは人質生活をスタートさせたのだった。
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