私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~
『人質妻の覚醒』
人質妻の朝はとても早い。
日が昇る時間になると、侍女のエラがマリーベルの部屋にやってくる。
栗毛で落ち着いた空気を纏うエラは、執事レイの従兄妹で今年二十歳。マリーベルと年が近いほうがいいだろうと、ギルベルトが選んでくれた侍女だ。
「マリーベル様、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
エラが洗顔用の桶をワゴンに載せて、ベッドに座るマリーベルの前まで運んでくれた。
そっと手を入れれば、なんとも絶妙な湯加減ではないか。お湯に濁りはないし、変な臭いもしない。むしろ薔薇の香りがふんわりとしている。
(今日も最高のお湯が用意されている……!)
結婚生活が始まって二週間。嫌がらせが起きていない期間が更新され、マリーベルは今日も感動する。
(シーツは毎日変えてくれるし、食事に異物や毒も入っていないし、そもそも残飯じゃなくて美味しいごはんを出してくれるし、昨日は芸術品のような見栄えのケーキまでいただいちゃった。なんてことなの?)
ギルベルトは公爵夫人として礼儀は通すと言ったけれど、ここまで徹底されているとは想定していなかった。
マリーベルとギルベルトの寝室は別で、食事も一度もともにしていない。
夫に疎まれている妻――と、軽んじられても仕方のない状況。どの使用人も態度が固いことから、誰かは人の目を盗んで嫌がらせをするだろう。
そうマリーベルは覚悟していたというのに、ことごとく裏切られている。
「マリーベル様、本日のドレスはこちらでよろしいですか?」
「は、はい。お任せします」
エラにドレスを着させてもらうが、シンプルなデザインでありながら品があり、恐ろしく肌触りが良い。
そんな上質なドレスがクローゼットにみっちりと入っている。
リュシエール王国からトランクひとつしか持ち込めない分、生活に必要なものはクルグス王国が用意するという話ではあったが、お金をかけすぎではないだろうか。
(ううん、公爵夫人がみすぼらしい姿をしていたら、フォルトナー公爵家の品格に泥を塗ってしまう。ギルベルト様にご迷惑をお掛けしないよう、身なりはきちんとしないといけないわ)
上質なドレスは必要経費と割り切って、ヘアセットと化粧に移る。
そうして出来上がった姿は、自分とは思えないほど可愛らしいお姫様のよう。朝から夢心地の気分だ。
「エラ、今日も素敵に仕上げてくれてありがとうございます。腕がいいのですね」
「もったいないお言葉です」
頭を下げたエラの顔は無表情ではあるものの、気配り上手な侍女である。
素晴らしい部屋に、最高のドレスと有能な侍女。陰湿な虐めが起きない、徹底された使用人教育。
これほどマリーベルが快適に過ごせるのは、ギルベルトの人徳が成していることだろう。
(ギルベルト様が礼儀を通してくれているんだもの。私も公爵夫人として礼儀を通さなないと)
身支度が終わったマリーベルは、早速エントランスへ向かった。
そこには、これから王城へと仕事に向かうギルベルトの姿があった。
「閣下、おはようございます」
「……おはよう。今日も来たのか」
相変わらず感情が読めないクールな表情ではあるが、きちんと挨拶を返してくれることが嬉しい。
ギルベルトは大変多忙だ。公爵家の当主になったばかりで、現場の状況を把握するために領地や事業所の視察に足を運ぶことが多い。
それだけでなく他の王族への公務の引継ぎ、魔法騎士団の団長としての業務もこなさなければならない。
加えて戦後処理にも携わっているというのだから、仕事量は計り知れない。
多忙ゆえに、ギルベルトは早朝に屋敷を出て、深夜に帰ってくるという生活をしていた。
そのため『夫の出発を見送る』といった妻らしい務めは、朝にしかチャンスがない。
マリーベルは唯一できる公爵夫人としての仕事を達成すべく、嫁いた翌日から毎日エントランスに足を運んでいる。
「いってらっしゃいませ。どうかお気をつけて」
爽やかな朝らしくマリーベルがニコッと微笑めば、ギルベルトの眉間に軽く皺が寄った。
「閣下?」
「見送りは今日で終わりでいい」
「え?」
「では、失礼する」
一方的に言いたいことを告げたギルベルトは、振り返ることなく屋敷をあとにする。
唯一だった公爵夫人業務の突然の終了宣告に、マリーベルはしばらくエントランスに立ち尽くした。