私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~
「何をしたらいいのかしら」
翌朝から、マリーベルは時間を余していた。
見送りがなくなったことで早起きをする必要はなくなったものの、習慣化された体は自然といつもの時間に目覚め、身支度も終了。
エントランスに飾られている美術品や絵画の鑑賞をして過ごす作戦が頭をよぎったが、今エントランスに行けばギルベルトと遭遇してしまう。
見送りではないけれど、見送りするような状況になりかねない。ギルベルトの意向を無視したと、誤解されることも避けたい。
(見送りを断るってことは、朝から敵国の王女の顔を見るのは気分が良くなかったのかな?)
そうだとしたら、二週間も付き合ってもらって申し訳ない。再開も望めないだろう。
(さて、これからどうしましょう。朝食を早めてとお願いするのは、人質としては我が儘に当たるからできない。時間が潰せそうな裁縫セットも本も手元にない。今から用意してもらうのも申し訳ないし……あぁ、クルグス王国式マナーの教本を書庫に返すんじゃなかったわ)
「マリーベル様、どうされました?」
部屋の前の廊下で頭を抱えていると、レイに声をかけられた。
「レイ、閣下はもうお出かけに?」
「はい。先ほど領地の視察に向かわれました。それでマリーベル様は、どうしてこんなところで頭をお抱えになっているのですか?」
「閣下の見送りがなくなったので、朝食までどう過ごせばいいのか悩んでまして……でも閣下がもうお出かけになったのなら、今からでも絵を見に行こうかな」
えへへ、とマリーベルが苦笑すると、レイは何か閃いたように手をポンと叩いた。
「同じものを二週間も鑑賞なさっていますよね? 僭越ながら、私から散歩のご提案をしても? 庭園をご案内いたしましょうか?」
実は、嫁いでからマリーベルは屋敷の外に一歩も出ていない。
窓から見える素晴らしい庭園に入れるという誘いは、非常に魅力的だった。
「ぜひ、お願いします!」
フォルトナー公爵家の庭園は三ブロックに分けられている。
ひとつ目は正面にある刈り揃えられた芝生が広がり、正門から屋敷へと続く道を飾る薔薇が目をひくエリア。
ふたつ目はあらゆる草花が堪能できるエリア。
三つ目は屋敷の裏手にある、人工池が眺められるエリア。
今回案内された庭園は、ふたつ目のエリア。そこは窓から見ていたとき以上に華やかで、美しさを感じられる場所だった。
見たことがない品種の花に、綺麗に選定された木々。色とりどりの草花が堪能できる庭園となっていて、何もかもが新鮮だ。
「気に入っていただけたようですね」
「はい。とっても」
「今後は好きなときに、どうぞご自由に庭園にお立ち寄りください。屋敷の中ばかりでは、息がつまるでしょうから」
「いいのですか? 人質というのは逃亡しないよう、主の許可なく屋敷の中から出られないものでは?」
マリーベルは目を丸くしてレイに問いかける。
すると、レイはくすりと笑みを零した。
「公爵邸の敷地内であれば大丈夫と、ご主人様からは許可を得ております。ご安心を」
「寛大な閣下のお心に感謝していると、お伝えください」
好いていない人質が相手なのに、相変わらず律儀な人だ。と、改めてギルベルトの人の良さに尊敬の念を高めていたら、ふと庭園の奥にガラス張りの大きな建物が目に入った。
「あれは、温室ですか?」
「はい。ご主人様の祖母に当たるフォルトナー公爵家の大奥様は大変病弱で、大奥様のために薬草やハーブを育てていた場所です。しかし数年前に大奥様が亡くなってからは、手入れがされておらず……マリーベル様にお見せできるような状態では」
「それでも見たいと言ったら、見せてくれますか?」
マリーベルは、目を輝かせてレイを見上げた。
普段なら、人質として相手が戸惑うことには踏み込まないけれど……薬草と聞いたら話は別だ。
懇願するようにレイを見つめれば、「何も面白くないですからね」と前置きされた上で入れることになった。
実際に、温室の中は荒れていた。区画分けされていた面影が見当たらないくらい、様々な薬草と雑草が生い茂っている状態だ。
しかし生えている薬草の種類は豊富で、マリーベルはますます目を輝かせた。
「あの、母国でよく飲んでいたハーブティーがあるんです。朝食後にそれを飲みたいので、少し摘んでもいいですか?」
「問題ありませんが、それなら私が厨房に手配を――」
「私のオリジナルブレンドなので、売っていないかと。ですので、厨房の一角もお借りしたいのですがいいでしょうか?」
マリーベルは祈るように胸の前で手を組み、ずいっと前に出る。
見つめ合うこと数秒、レイが苦笑した。
「いいでしょう。怪我だけはなさらないでくださいね」
「ありがとうございます!」
そしていくつかの薬草を摘んだマリーベルは屋敷に戻って朝食を終えるなり、レイが見守る中、厨房でハーブティー作りを始めた。
最初に大鍋に水を溜め、薬草を軽く押し洗いして汚れを落とす。
布巾で水気を軽くとり、茎から花と葉っぱを千切って分けておく。サフラワーの花はザルに広げて自然乾燥させて、今後飲む別のハーブティー用に残しておく。
ユキイロヨモギの葉はこれから飲むためにフライパンに放り込み、弱火で焙煎することにした。加熱することで薬草の独特な香りが丸くなって、飲みやすくなるのだ。
「マリーベル様、随分と手慣れておりますね?」
レイが肩眉をあげながら、マリーベルの手元を覗き込む。
一国の王女が厨房に入り、ましてやが荒れる水仕事なんて普通はありえない。レイは不思議で仕方ないらしい。
「薬草の勉強が趣味で、リュシエールでも自分でハーブティーをブレンドしていたのです」
「よく周囲が許しましたね」
「……側妃である母が、病で亡くなったものですから」
あえて寂しそうに微笑めば、レイはバツが悪そうに「そうでしたか」と引き下がってくれた。
きっとレイは、マリーベルを『母の病を治すために薬草を勉強した王女』と思ってくれているだろう。
そんなレイを横に、マリーベルは内心で平謝りをする。
(嘘ついてごめんなさい。実は前世で宮廷薬師だったんです……!)
薬草を炒めながら、マリーベルは前世を思い出した当時を振り返った。
翌朝から、マリーベルは時間を余していた。
見送りがなくなったことで早起きをする必要はなくなったものの、習慣化された体は自然といつもの時間に目覚め、身支度も終了。
エントランスに飾られている美術品や絵画の鑑賞をして過ごす作戦が頭をよぎったが、今エントランスに行けばギルベルトと遭遇してしまう。
見送りではないけれど、見送りするような状況になりかねない。ギルベルトの意向を無視したと、誤解されることも避けたい。
(見送りを断るってことは、朝から敵国の王女の顔を見るのは気分が良くなかったのかな?)
そうだとしたら、二週間も付き合ってもらって申し訳ない。再開も望めないだろう。
(さて、これからどうしましょう。朝食を早めてとお願いするのは、人質としては我が儘に当たるからできない。時間が潰せそうな裁縫セットも本も手元にない。今から用意してもらうのも申し訳ないし……あぁ、クルグス王国式マナーの教本を書庫に返すんじゃなかったわ)
「マリーベル様、どうされました?」
部屋の前の廊下で頭を抱えていると、レイに声をかけられた。
「レイ、閣下はもうお出かけに?」
「はい。先ほど領地の視察に向かわれました。それでマリーベル様は、どうしてこんなところで頭をお抱えになっているのですか?」
「閣下の見送りがなくなったので、朝食までどう過ごせばいいのか悩んでまして……でも閣下がもうお出かけになったのなら、今からでも絵を見に行こうかな」
えへへ、とマリーベルが苦笑すると、レイは何か閃いたように手をポンと叩いた。
「同じものを二週間も鑑賞なさっていますよね? 僭越ながら、私から散歩のご提案をしても? 庭園をご案内いたしましょうか?」
実は、嫁いでからマリーベルは屋敷の外に一歩も出ていない。
窓から見える素晴らしい庭園に入れるという誘いは、非常に魅力的だった。
「ぜひ、お願いします!」
フォルトナー公爵家の庭園は三ブロックに分けられている。
ひとつ目は正面にある刈り揃えられた芝生が広がり、正門から屋敷へと続く道を飾る薔薇が目をひくエリア。
ふたつ目はあらゆる草花が堪能できるエリア。
三つ目は屋敷の裏手にある、人工池が眺められるエリア。
今回案内された庭園は、ふたつ目のエリア。そこは窓から見ていたとき以上に華やかで、美しさを感じられる場所だった。
見たことがない品種の花に、綺麗に選定された木々。色とりどりの草花が堪能できる庭園となっていて、何もかもが新鮮だ。
「気に入っていただけたようですね」
「はい。とっても」
「今後は好きなときに、どうぞご自由に庭園にお立ち寄りください。屋敷の中ばかりでは、息がつまるでしょうから」
「いいのですか? 人質というのは逃亡しないよう、主の許可なく屋敷の中から出られないものでは?」
マリーベルは目を丸くしてレイに問いかける。
すると、レイはくすりと笑みを零した。
「公爵邸の敷地内であれば大丈夫と、ご主人様からは許可を得ております。ご安心を」
「寛大な閣下のお心に感謝していると、お伝えください」
好いていない人質が相手なのに、相変わらず律儀な人だ。と、改めてギルベルトの人の良さに尊敬の念を高めていたら、ふと庭園の奥にガラス張りの大きな建物が目に入った。
「あれは、温室ですか?」
「はい。ご主人様の祖母に当たるフォルトナー公爵家の大奥様は大変病弱で、大奥様のために薬草やハーブを育てていた場所です。しかし数年前に大奥様が亡くなってからは、手入れがされておらず……マリーベル様にお見せできるような状態では」
「それでも見たいと言ったら、見せてくれますか?」
マリーベルは、目を輝かせてレイを見上げた。
普段なら、人質として相手が戸惑うことには踏み込まないけれど……薬草と聞いたら話は別だ。
懇願するようにレイを見つめれば、「何も面白くないですからね」と前置きされた上で入れることになった。
実際に、温室の中は荒れていた。区画分けされていた面影が見当たらないくらい、様々な薬草と雑草が生い茂っている状態だ。
しかし生えている薬草の種類は豊富で、マリーベルはますます目を輝かせた。
「あの、母国でよく飲んでいたハーブティーがあるんです。朝食後にそれを飲みたいので、少し摘んでもいいですか?」
「問題ありませんが、それなら私が厨房に手配を――」
「私のオリジナルブレンドなので、売っていないかと。ですので、厨房の一角もお借りしたいのですがいいでしょうか?」
マリーベルは祈るように胸の前で手を組み、ずいっと前に出る。
見つめ合うこと数秒、レイが苦笑した。
「いいでしょう。怪我だけはなさらないでくださいね」
「ありがとうございます!」
そしていくつかの薬草を摘んだマリーベルは屋敷に戻って朝食を終えるなり、レイが見守る中、厨房でハーブティー作りを始めた。
最初に大鍋に水を溜め、薬草を軽く押し洗いして汚れを落とす。
布巾で水気を軽くとり、茎から花と葉っぱを千切って分けておく。サフラワーの花はザルに広げて自然乾燥させて、今後飲む別のハーブティー用に残しておく。
ユキイロヨモギの葉はこれから飲むためにフライパンに放り込み、弱火で焙煎することにした。加熱することで薬草の独特な香りが丸くなって、飲みやすくなるのだ。
「マリーベル様、随分と手慣れておりますね?」
レイが肩眉をあげながら、マリーベルの手元を覗き込む。
一国の王女が厨房に入り、ましてやが荒れる水仕事なんて普通はありえない。レイは不思議で仕方ないらしい。
「薬草の勉強が趣味で、リュシエールでも自分でハーブティーをブレンドしていたのです」
「よく周囲が許しましたね」
「……側妃である母が、病で亡くなったものですから」
あえて寂しそうに微笑めば、レイはバツが悪そうに「そうでしたか」と引き下がってくれた。
きっとレイは、マリーベルを『母の病を治すために薬草を勉強した王女』と思ってくれているだろう。
そんなレイを横に、マリーベルは内心で平謝りをする。
(嘘ついてごめんなさい。実は前世で宮廷薬師だったんです……!)
薬草を炒めながら、マリーベルは前世を思い出した当時を振り返った。