私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~
母アナスタシアが亡くなったのは、マリーベルが十歳を迎えた春のこと。
アナスタシアの葬式が終わるや否や、管理という名目で、王女に割り当てられていた生活維持費をベティーナにすべて奪われた。それから間を開けることなく味方だった使用人たちが次々と解雇され、周囲の人間すべて王妃の息がかかった者へと変わった。
飲み物やバケツの水をかけられるのは日常茶飯事。ベティーナに買収された家庭教師は異常に厳しくなって、「本を持ったまま反省しなさい」と、マリーベルを廊下によく立たされた。
そんなマリーベルの姿を見て、義兄である王子二人と妹である王女は心無い言葉を浴びせた。それならまだましなほうで、ときには虫を投げつけてきたり、頬や手足をぶたれたこともあった。母の形見であるアクセサリーを奪われたり、壊されたことも……。
父である国王アルカスに助けてほしいと何度も掛け合ったが、「つまらんことに私を巻き込むな」と言われておしまい。
王族がこぞって冷遇する王女を、ただの使用人が助けることは当然なく、マリーベルは泣き明かす日々を過ごした。
それから一か月ほど経つと、王宮庭園の端にある小屋に住むようベティーナに命じられた。
そこは以前庭師が使っていた管理棟で、錆びた農具と仮眠用の古びたベッドが置いてあるだけ。ベッドと言っても、掛け布団も枕も撤去されている状態。浴室はバスタブが外され空っぽで、天井には蜘蛛の巣が張っていた。
慈悲として王城に足を運べば食料を与えてくれると言われたが、手に入ったのはカッチカチの乾燥しきった固いパンだけ。野菜や肉は当然なく、与えてくれるのは週に一度のみ。
「このままでは生きていけません。どうか、もう少し援助をくださいませ!」
勇気を振り絞って、ベティーナに訴えたこともある。
しかし、憎い側妃にそっくりのマリーベルが泣いて縋りつく姿は相手を喜ばせるだけだと、早々に悟って諦めた。
だからといって、生活の知恵を持たない十歳の王女が平気なはずはなく……マリーベルは小屋に引っ越して十日ほど経ったある日、意識が朦朧とするほどの高熱を出した。
もちろん、看病してくれる人は皆無。
体は寒いか熱いかもわからない。水を飲みたくても、井戸まで汲みに行く気力もない。
「私、このまま死ぬのかな? でも生きても辛いことばかりだから、ちょうどいいのかも。死んだら、お母様にまた会えるかな?」
マリーベルにとって、アナスタシアは優しい母だった。穏やかな性格で一度も怒鳴られたことはなく、毎日のようにマリーベルを可愛いと言って、愛情を注いでくれた。
病気で命を引き取る間際も、自分よりもマリーベルの未来を心配してばかり。最後は誰よりも娘の幸せを願う言葉を残して、天に昇っていった。
天で再会したら、母との温かな時間を過ごせるかもしれない。
「もう生きるの、疲れちゃった……」
埃っぽいベッドに横たわりながら、そう死を受け入れようとしたとき――。
「うぅっ」
突然、激しい頭痛に襲われた。痛みはどんどん増していき、これ以上は頭が割れると思った瞬間――蘇ったのだった。
別の世界で、宮廷薬師として生きていた人生を。
前世では有名な師匠のもとで薬草のあらゆる知識を得て、最年少で宮廷薬師になった。それからは難病に効く薬を開発するため、研究に没頭する充実した毎日。
残念ながらある日、暴走した馬車の前にいた子どもを庇い、馬車に轢かれて二十歳という若さで死んでしまったが……。
「でもこの前世の知識があれば、私はまだ生きられるのでは?」
今世に特別な愛着はない。
しかし前世薬師として、誰かの命を助ける立場だった者として、死ぬのが惜しいという気持ちが湧いてくる。
前世は男爵家出身の令嬢でもあったが没落寸前で、炊事洗濯など身の回りのことは自分でやっていた。最低限の生活の知恵はある。
「やれるだけやってみようかな」
それからマリーベルはふらふらになりながらも庭園に流れる小川の水を飲み、小屋の回りに生えていた薬草を口にし、気合で熱を下げ、何とか死を回避することに成功した。
ただ、生き延びても生活環境は最悪のまま。
食料は週に一度、歯が折れそうな固いパンだけで栄養は明らかに足りない。
与えられた服は、物乞いが着るような薄地のワンピースで、すぐに擦れて穴が開きそうである。
ベティーナのことだから、穴が開いたところで新しい着替えをくれないだろう。
「陛下は使えない。メイドたちも頼れない……自分の力で生きていかないと。そのためにはお金が必要だわ」
まずマリーベルは城壁の抜け穴を見つけ出すなり、王城の外へ出て図書館へ向かった。
植物図鑑を調べれば、幸運にも前世で使っていた薬草の多くが今世にも存在している。一部名前が違っている薬草もあるが、あるとわかっただけ十分な収穫だ。
そして王城に戻って小屋の回りを確認すれば、雑草に混ざって数種類の薬草も発見できた。
錆びた農具を駆使して薬草の栽培をはじめ、収穫した薬草を調合。前世でやっていたのと同じように、仕上げにちょっぴり魔力を加えれば薬の完成だ。
こっそり王城を抜け出し、『師匠に頼まれて』と薬師の弟子を装い道端で商売をする。
そして得たお金でお肉や野菜、料理に必要な調理道具、体を洗うための石鹸などを購入。
質素ではあるけれど、マリーベルは人間として最低限の生活を手に入れたのだった。
月に一度、生存確認で王城に呼び出されることはあったが、はじめに与えられたボロボロのワンピースを着ていけば問題ない。廊下で使用人たちの嘲笑の的にされても気にせず歩き、ベティーナや義兄妹たちから投げつけられる言葉を聞き流すだけで終わり。
誰も小屋まで足を運ぶことはなかったので、薬の調合道具や市井で買った服もバレやしない。薬草の手入れも、雑草を育てて飢えを凌いでいると誤魔化せば、簡単に信じてもらえた。
こうしてマリーベルは約八年、庭園の端っこでひとり生き抜いてきたのだった。
アナスタシアの葬式が終わるや否や、管理という名目で、王女に割り当てられていた生活維持費をベティーナにすべて奪われた。それから間を開けることなく味方だった使用人たちが次々と解雇され、周囲の人間すべて王妃の息がかかった者へと変わった。
飲み物やバケツの水をかけられるのは日常茶飯事。ベティーナに買収された家庭教師は異常に厳しくなって、「本を持ったまま反省しなさい」と、マリーベルを廊下によく立たされた。
そんなマリーベルの姿を見て、義兄である王子二人と妹である王女は心無い言葉を浴びせた。それならまだましなほうで、ときには虫を投げつけてきたり、頬や手足をぶたれたこともあった。母の形見であるアクセサリーを奪われたり、壊されたことも……。
父である国王アルカスに助けてほしいと何度も掛け合ったが、「つまらんことに私を巻き込むな」と言われておしまい。
王族がこぞって冷遇する王女を、ただの使用人が助けることは当然なく、マリーベルは泣き明かす日々を過ごした。
それから一か月ほど経つと、王宮庭園の端にある小屋に住むようベティーナに命じられた。
そこは以前庭師が使っていた管理棟で、錆びた農具と仮眠用の古びたベッドが置いてあるだけ。ベッドと言っても、掛け布団も枕も撤去されている状態。浴室はバスタブが外され空っぽで、天井には蜘蛛の巣が張っていた。
慈悲として王城に足を運べば食料を与えてくれると言われたが、手に入ったのはカッチカチの乾燥しきった固いパンだけ。野菜や肉は当然なく、与えてくれるのは週に一度のみ。
「このままでは生きていけません。どうか、もう少し援助をくださいませ!」
勇気を振り絞って、ベティーナに訴えたこともある。
しかし、憎い側妃にそっくりのマリーベルが泣いて縋りつく姿は相手を喜ばせるだけだと、早々に悟って諦めた。
だからといって、生活の知恵を持たない十歳の王女が平気なはずはなく……マリーベルは小屋に引っ越して十日ほど経ったある日、意識が朦朧とするほどの高熱を出した。
もちろん、看病してくれる人は皆無。
体は寒いか熱いかもわからない。水を飲みたくても、井戸まで汲みに行く気力もない。
「私、このまま死ぬのかな? でも生きても辛いことばかりだから、ちょうどいいのかも。死んだら、お母様にまた会えるかな?」
マリーベルにとって、アナスタシアは優しい母だった。穏やかな性格で一度も怒鳴られたことはなく、毎日のようにマリーベルを可愛いと言って、愛情を注いでくれた。
病気で命を引き取る間際も、自分よりもマリーベルの未来を心配してばかり。最後は誰よりも娘の幸せを願う言葉を残して、天に昇っていった。
天で再会したら、母との温かな時間を過ごせるかもしれない。
「もう生きるの、疲れちゃった……」
埃っぽいベッドに横たわりながら、そう死を受け入れようとしたとき――。
「うぅっ」
突然、激しい頭痛に襲われた。痛みはどんどん増していき、これ以上は頭が割れると思った瞬間――蘇ったのだった。
別の世界で、宮廷薬師として生きていた人生を。
前世では有名な師匠のもとで薬草のあらゆる知識を得て、最年少で宮廷薬師になった。それからは難病に効く薬を開発するため、研究に没頭する充実した毎日。
残念ながらある日、暴走した馬車の前にいた子どもを庇い、馬車に轢かれて二十歳という若さで死んでしまったが……。
「でもこの前世の知識があれば、私はまだ生きられるのでは?」
今世に特別な愛着はない。
しかし前世薬師として、誰かの命を助ける立場だった者として、死ぬのが惜しいという気持ちが湧いてくる。
前世は男爵家出身の令嬢でもあったが没落寸前で、炊事洗濯など身の回りのことは自分でやっていた。最低限の生活の知恵はある。
「やれるだけやってみようかな」
それからマリーベルはふらふらになりながらも庭園に流れる小川の水を飲み、小屋の回りに生えていた薬草を口にし、気合で熱を下げ、何とか死を回避することに成功した。
ただ、生き延びても生活環境は最悪のまま。
食料は週に一度、歯が折れそうな固いパンだけで栄養は明らかに足りない。
与えられた服は、物乞いが着るような薄地のワンピースで、すぐに擦れて穴が開きそうである。
ベティーナのことだから、穴が開いたところで新しい着替えをくれないだろう。
「陛下は使えない。メイドたちも頼れない……自分の力で生きていかないと。そのためにはお金が必要だわ」
まずマリーベルは城壁の抜け穴を見つけ出すなり、王城の外へ出て図書館へ向かった。
植物図鑑を調べれば、幸運にも前世で使っていた薬草の多くが今世にも存在している。一部名前が違っている薬草もあるが、あるとわかっただけ十分な収穫だ。
そして王城に戻って小屋の回りを確認すれば、雑草に混ざって数種類の薬草も発見できた。
錆びた農具を駆使して薬草の栽培をはじめ、収穫した薬草を調合。前世でやっていたのと同じように、仕上げにちょっぴり魔力を加えれば薬の完成だ。
こっそり王城を抜け出し、『師匠に頼まれて』と薬師の弟子を装い道端で商売をする。
そして得たお金でお肉や野菜、料理に必要な調理道具、体を洗うための石鹸などを購入。
質素ではあるけれど、マリーベルは人間として最低限の生活を手に入れたのだった。
月に一度、生存確認で王城に呼び出されることはあったが、はじめに与えられたボロボロのワンピースを着ていけば問題ない。廊下で使用人たちの嘲笑の的にされても気にせず歩き、ベティーナや義兄妹たちから投げつけられる言葉を聞き流すだけで終わり。
誰も小屋まで足を運ぶことはなかったので、薬の調合道具や市井で買った服もバレやしない。薬草の手入れも、雑草を育てて飢えを凌いでいると誤魔化せば、簡単に信じてもらえた。
こうしてマリーベルは約八年、庭園の端っこでひとり生き抜いてきたのだった。