私を人質にした家族の皆様、敵国王家は私の味方のようです ~最強王家と才女による壮麗なる成敗劇~

「はぁ、美味しい」


 厨房で薬草のブレンドを無事に終えたマリーベルは、部屋に戻るなりハーブティーで一息ついた。
 芳ばしい香りと、落ち着いた薬草の香りが鼻腔を抜けていく。味はやや癖があるものの、マリーベルは嫌いじゃない。
 お腹の中がポカポカしてきて、体から力が抜けるようだ。


(こんなにリラックスできたのはいつぶりかな?)


 母が亡くなってからは、なかったように思う。
 小屋に誰かが近づくことはなかったとはいえ、王城の敷地内。いつ嫌がらせで小屋を荒らされるか、気が気ではなかった。
 王城の外も、比較的治安のいい王都とはいえ、少女がひとりで無防備に歩けるほどではない。薬や売上金を狙ったスリにあわないよう、気を緩めることは難しかった。


(まさか敵国のお屋敷のほうが安心して暮らせるなんて、想像していなかったな)


 部屋は広く、清潔感が保たれている。美味しい食事が三食きっちり出され、衣服にも困らない。使用人からの嫌がらせもなく、のんびりスローライフ。
 なんとも素晴らしい。マリーベルはハーブティーを飲み進めながら、楽園を見渡した。
 すると鏡台の化粧品を整理していたエラの様子が、少しおかしいことに気が付く。
 エラの顔色は青白く、手にしていた化粧品をぼんやり見つめていた。いつもテキパキ動いている彼女にしては珍しい様子だ。


「エラ、大丈夫ですか?」
「も、申し訳ありません、マリーベル様。少し目眩がしていただけです」


 マリーベルが駆けよれば、エラはハッとして頭を下げた。


「謝らないで大丈夫ですよ。ただ心配なだけで……」


 そっとエラの手を掴み、彼女の顔を覗き込んだ。
 エラの指先は芯から冷たく、頬の赤みが全くない。
 ギルベルトの見送りがなくなったことに気を取られてわからなかったが、ずっと体調が優れなかったのではないだろうか。


「エラ、朝から無理していたのではありませんか? どこか具合が悪いのなら、お医者様に……」
「月に数日の辛抱ですので、お医者様を呼ぶようなことではありません。相談しても、我慢するしかないと言われるだけでしょうから」


 エラは眉を下げて、困ったように微笑んだ。
 どうやら彼女は女性特有の月もののせいで、軽い貧血を起こしていたらしい。


「エラは重くなってしまうんですね」
「実は、そうなのです。元々冷え性なのですが、月ものが始まると余計に冷えてしまい。血を失うせいか、ふらつきやすくなるんです。特に今日は初日なので……」
「なるほど。そっちのタイプなら、力になれるかもしれません」


 マリーベルはテーブルに戻ると、ブレンドした薬草を入れていた缶の蓋を一度開けて、手で蓋をするように開け口に重ねた。


「よく効きますように」


 小声で祈りを捧げながら、ちょっぴり魔力を注ぎ込む。
 魔法とは、体内に存在する『魔力』と呼ばれる特別なエネルギーを使って起こす奇跡のことを指す。何もないところで火や水、風や雷といった自然現象を起こすのが、魔力の一般的な使い方だ。
 先日の野盗との戦いでも、晴れた空の下でギルベルトが雷を操っていたのがいい例である。
 実は、その魔力を混ぜることで薬草の効能をぐんとあげることができるのだ。これは宮廷薬師だった前世から得た技術。
 怪我や病気を治癒するような魔法が存在しない代わりに、人々を救うために編み出されたもので、宮廷薬師なら誰もが習得していた。


(私は魔法騎士のように水や火を生み出すことはできないけれど、今世でも魔力持ちで良かったわ。リュシエールの王城に生えていた薬草の種類はそれほど多くなく、そのままでは効能がイマイチだったけれど、魔力があったお陰で薬の評判が良く、路上販売でも生活できるくらいには稼げたんだもの)


 そう思っている間に、魔力は薬草に溶け込んだ。
 そしてポットに薬草と先ほど取り分けたサフラワーを加え、熱々のお湯を注いで待つこと数分。軽く揺すってから予備のティーカップに注ぎ、エラを手招きをした。


「このハーブティーは血流の巡りを良くし、体を温める効果があるんです。まずは一杯だけ試してみませんか?」
「……では、失礼して」


 敵国の王女が作った謎のハーブティーに警戒しつつ、エラは口を付ける。癖のある風味になんとも言えない表情を浮かべつつも、彼女は飲み干した。


「ごちそうさまです――……あ」


 エラがお腹を押さえて軽く瞠目する。


「マリーベル様、体が温かくなってきました。淹れたての紅茶でもこうはならないのに」
「エラの体質に合ったみたいですね。一回の茶葉は、ポットにティースプーン二杯。朝昼晩で分けて飲んでみてください。すりおろしたジンジャーを加えると温かさが持続するので、良かったらそれも試してくださいね。私の分はまた作ればいいから、缶ごとどうぞ」
「……ありがとうございます」


 微笑みを浮かべてマリーベルが薬草の入った缶ごと差し出せば、エラは遠慮がちに受け取った。





 それからエラの顔には血色が戻り、立ち眩みを起こすことはなかった。
 一般的に月ものが重くなる三日目も、マリーベルに化粧を施すエラの指先は温かく、重い冷え性が改善されたことがわかる。


「マリーベル様、本当にありがとうございます。こんなに症状が軽くなる日が来るなんて、思いもしませんでした。どう感謝を示せばよいのか」
「ふふ、エラにはいつもお世話になっているから、私からのお礼だと思って気にしないでください」


 マリーベルが敵国の人間相手にもかかわらず、エラはいつも丁寧に接してくれている。侍女が率先してこの態度だからこそ、他の使用人も倣っている節があった。
 ギルベルトだけではなく、エラのお陰で快適生活が送れているマリーベルとしては、自分の技術で恩返しができて嬉しい限りだ。


「エラ、これからもお願いしますね」
「はい、マリーベル様」


 マリーベルとエラは、鏡越しに柔らかい笑みを向け合う。
 このとき、ふたりの間にあった分厚い壁が薄くなったのを感じたのだった。

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