契約結婚は終了しました
 弟がのぞき込んでいた部屋に気づき、メリーベルの胸が大きく音を立てる。
 それは元々日当たりの良い、おそらく主寝室だったであろう部屋だった。今は色々ながらくたが詰め込まれたうえ、雨漏りしていた影響で見るも無残な姿になっている。それでも元の調度品がいいものだったので、手入れをすれば素晴らしい部屋になるだろう。
 分かっているけれど、そこはあまりにもロブソン家の部屋と似ていて手が出せない。
 ぐちゃぐちゃの室内はメリーベルの心のようで、何度も整えようとしては手を出せずにいた。

 離れてしまえば、すべて夢だったと思えると考えていた。
 少しずつ歩み寄り大切に思っていた気持ちが家族以上のものだったと、今になって気づいてしまった。気づいても仕方がないことなのに。

 考えないようにすればするほど心は千々に乱れる。
 一心不乱に修繕に励んでいる間は無心でいられるけれど、一人の夜に枕を濡らすことを弟にはバレたくなかった。

 きょろきょろと物珍し気に部屋を見ていたギルがカーテンを開けると、舞い上がったほこりがキラキラと光って見える。
 外を覗き込んだギルが「あっ」と声をあげた。

「姉さん、車が来たよ。お客様かも」
「お客様?」

 そんな予定はないけれど、弟の顔は珍しい車に釘付けになっているようだ。
 まだまだ馬車が主流ななか、最近上流階級で増えてきたおしゃれな車に弟は興味津々だ。大人になったら車を運転したいという夢を持っていると言っていたっけ。

「どなたか道を尋ねに来たのかもしれないわね?」
「この辺少しわかりにくいもんね」

 人生には何が起こるかわからない。
 それは知らない道を地図もなしに進んでいくようなものだから、誰かの手助けをできるならそれに越したことはないだろう。
 もしかしたら車が故障して、ここで修理したいということかもしれないし。

(そうだったらギルが喜ぶわね)

 そんなことを考えながら玄関を開けたメリーベルは、車から降りてきた人物を目にしてハッと息を飲んだ。

「旦那様?」

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