騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
第6章 星降る庭園の下で
第一話「招待状」
数日後。
婚約披露のガーデンパーティの余韻は、思っていた以上に広がっていた。
ーーいや、広がりすぎている。
ベイルの執務机の上には、色とりどりの封筒が山のように積まれている。
夜会、舞踏会、晩餐会ーー
それに混じって、茶会や昼餐の誘いも少なくない。
そのすべてが、祝意と共に“招待”を告げていた。
「……多すぎる」
低く呟き、ひとつを手に取る。
だが、内容を確認するまでもない。どれも同じだ。
つまりは、
(見たい、か)
婚約披露で一気に広まった。
誰もが知り、ーー興味を持った。
どんな令嬢なのか。
どれほどのものなのか。
そして。
(……どこまで“使える”のか)
小さく息を吐く。
本来なら、選別して出席すればいい。
それだけの話だ。
だが、思考はそこで止まる。
脳裏に浮かぶのは、婚約披露の場の彼女。
慣れないながらも、必死に立ち振る舞おうとしていた姿。
向けられる視線を受け止めながら、わずかに呼吸を整える仕草。
あの時、ほんの一瞬だけーー
こちらを探すように視線を動かしたことを、思い出す。
(……あの中に、また立たせるのか)
静かな違和感が残る。
社交の場は、ただの華やかな場所ではない。
値踏みと、駆け引きと、距離の測り合い。
言葉一つ、視線一つに意味がある。
(ーー彼女が、どこまで耐えられる)
いや、と。
ベイルは首を振る。
(耐える、ではないな)
思い出す。
あの日の彼女は、逃げはしなかった。
令嬢らしく、応じていた。
(……できるはずだ)
理解はしている。
それでも、胸に残るものは消えない。
ーーふいに、扉の方に人の気配がした。
意識が、わずかに現実へ戻る。
「婚約披露を終えた、幼馴染のにやけ面を見に来たが……」
その声に、ベイルは顔を上げた。
扉にもたれかかるようにして、レオニードが立っていた。
「これはまた、ずいぶん難しい顔をしているな」
軽い調子で言いながら、口元に笑みを浮かべる。
「……ノックくらいはしろ」
「したぞ?無視されたがな」
肩をすくめながら、王子は室内へと歩み入る。
その手には、ひときわ質の良い封筒が一通。
「それで?全部出るのか?」
「まさか、選別する」
「だろうな」
机の上の山を一瞥し、レオニードは小さく笑う。
「正直なところ、どれも似たようなものだろうな。見たい、測りたい、探りたい。……退屈だろう?」
「……まあな」
「だから、だ」
そう言って手にしていた封筒をひとつ、ベイルの前に差し出した。
他のものとは明らかに違う。
簡素だが、無駄のない上質さ。王家の印章が静かに刻まれている。
「これは俺からだ」
ベイルは一瞬だけ視線を落とし、わずかに眉を寄せる。
封を切る。
中の紙を取り出し、軽く視線を落とすと、ゆっくりと目を走らせた。
――星降る夜の集いへのご招待――
来たる夜、六十年に一度の“星巡の大流星”が空を満たす折。
ひととき、喧騒を離れ、星のもとに集う場を設けた。
音楽と、ささやかなもてなしを用意している。
歩むも、語らうも、ただ夜空を見上げるも――すべては自由だ。
星は等しく降り、誰の上にも静かに輝く。
その光の下で、あなたがどのような時間を過ごすのか。
それを楽しみにしている。
――レオニード
追記:鹿鳴の月 第七日 日没後 王宮南離宮・星見の庭にて
ベイルは文面を目で追う。
ーー星降る夜の集い。
その一行で、わずかに視線が止まった。
……らしくないな、と、思う。
レオニードにしては、随分と回りくどい。
だが。
指先で、紙の端をなぞる。
静かに、もう一度だけ読み返す。
“歩むも、語らうも、ただ夜空を見上げるもーーすべては自由だ。”
自由、か。
その言葉の奥に、意図が透けて見える。
形式も、距離もーー理由さえも、用意してやる、ということか。
(……あいつめ)
小さく息を吐く。
レオニードの意図は見えた。
あとは流せばいい。
ーーそのはずだったのに。
ふと、脳裏に浮かぶ。
夜空を見上げる彼女の姿。
星の光を受けて、静かに目を細める横顔。
ーーその隣に、立つ距離。
わずかに、息が止まる。
ほんの一瞬。
思考が、そちらへ引き寄せられた。
「……俺は……何を」
低く呟き、はっとしたように視線を落とす。
指先に残る紙の感触が、現実へと引き戻した。
「ちょうどいい時期でな。六十年に一度の流星群がその日に見られるらしい」
「……それを、社交の場にするのか」
声音はいつも通り。
だが、ほんの僅かにだけ、低い。
「堅苦しい夜会よりは、よほど気楽だろう?」
くすりと笑うレオニードに、ベイルは短く息を吐く。
指先で、手にした紙の端を一度だけ整えた。
「……合理的ではあるな」
わずかな間を埋めるように、そう言い添える。
「その流星群、“星巡(ほしめぐり)の大流星”なんて呼ばれているらしい。大層な名前だろう?」
わずかに笑う。
「……“天空”や“星”を意味するセレスティアの名前にも、よく似合う」
軽く言ってみせるが、その視線は一瞬だけベイルを値踏みするように細められる。
「音楽もある。軽食も出す。好きに歩いて、好きに話せばいい。ーーまあ、建前はそんなところだ」
一拍。
「視線も、夜の庭園で灯りも少なく、そう集まらない」
何気ない調子で言い足す。
「それに、夜空を見上げる理由があるからな。無理に会話をつなぐ必要もない。」
「……黙っていても、不自然にはならない」
わずかに肩をすくめる。
「社交の場に慣れていない相手でも、息はしやすいはずだ」
言い終えてから、レオニードはふっと小さく笑った。
わずかな沈黙が落ちる。
レオニードは何も言わず、ベイルを見ている。
「更に、本音を言うか?」
レオニードはわずかに身を屈め、愉快そうに囁く。
「お前と、婚約者殿の距離が、少しは縮まるといいと思って企画した」
レオニードの言葉に、喉の奥で、わずかに息が詰まる。
言葉が出るまでに、ほんの一拍。
「……余計な世話だ」
「そうか?」
さらりと返しながら、王子は窓の外へと視線を向ける。
「だが、お前ーーそういうの、苦手だろう」
「何がだ」
「雰囲気作りだよ。ロマンチックな場だとか、そういうものを選ぶのが」
軽く笑う。
「夜会は形式、舞踏会は礼儀。ああいうのは問題ないがーーこういう“空気で距離を縮める場”は、疎そうだ」
一瞬の沈黙。
ベイルの眉が、わずかに寄る。
「……否定はしないな」
「だろう?」
愉快そうに頷く。
「だから用意してやった。場所も、口実もな」
ベイルは、小さく息を吐く。
「まったく……人の世話ばかりしていて、お前の方は大丈夫なのか」
ベイルの言葉に、レオニードは一瞬だけ目を瞬かせーーすぐに、いつもの調子で笑った。
「大丈夫だ。アリシアも来る」
あっさりとした声音。
「六十年に一度の天体ショーだ。未来の王子妃と一緒に眺めるくらいはしないとな」
どこか肩の力が抜けた言い方。だが、そこに無理はない。
当たり前のように、そうするのだと。
「だから安心しろ」
くすりと笑う。
「俺はちゃんとやっている。ーーお前の世話を焼けるくらいにはな」
「……そうか」
(……自然だな)
短く返しながら、ベイルはわずかに視線を細める。
その言葉に、嘘はないのだろう。少なくとも、無理をしているようには見えない。
「来るだろう?」
問いというより、確認。
ベイルは一度だけ、静かに息を吐いた。
(……これなら、堅苦しくもない。セレスティアにも、こういう場からならーー悪くない)
「……行く」
短く答える。
レオニードは満足そうに頷いた。
「決まりだな」
愉快そうな声音。
「楽しみにしている」
軽やかに言い残し、王子は部屋を後にした。
静けさが戻る。
ベイルは手元の招待状を見下ろす。
“星巡(ほしめぐり)の大流星”ー星降る夜の集いー。
その文字を、しばし見つめーー
やがて、机の上の招待状の山には戻さず、手の届く位置へと、静かに置いた。
婚約披露のガーデンパーティの余韻は、思っていた以上に広がっていた。
ーーいや、広がりすぎている。
ベイルの執務机の上には、色とりどりの封筒が山のように積まれている。
夜会、舞踏会、晩餐会ーー
それに混じって、茶会や昼餐の誘いも少なくない。
そのすべてが、祝意と共に“招待”を告げていた。
「……多すぎる」
低く呟き、ひとつを手に取る。
だが、内容を確認するまでもない。どれも同じだ。
つまりは、
(見たい、か)
婚約披露で一気に広まった。
誰もが知り、ーー興味を持った。
どんな令嬢なのか。
どれほどのものなのか。
そして。
(……どこまで“使える”のか)
小さく息を吐く。
本来なら、選別して出席すればいい。
それだけの話だ。
だが、思考はそこで止まる。
脳裏に浮かぶのは、婚約披露の場の彼女。
慣れないながらも、必死に立ち振る舞おうとしていた姿。
向けられる視線を受け止めながら、わずかに呼吸を整える仕草。
あの時、ほんの一瞬だけーー
こちらを探すように視線を動かしたことを、思い出す。
(……あの中に、また立たせるのか)
静かな違和感が残る。
社交の場は、ただの華やかな場所ではない。
値踏みと、駆け引きと、距離の測り合い。
言葉一つ、視線一つに意味がある。
(ーー彼女が、どこまで耐えられる)
いや、と。
ベイルは首を振る。
(耐える、ではないな)
思い出す。
あの日の彼女は、逃げはしなかった。
令嬢らしく、応じていた。
(……できるはずだ)
理解はしている。
それでも、胸に残るものは消えない。
ーーふいに、扉の方に人の気配がした。
意識が、わずかに現実へ戻る。
「婚約披露を終えた、幼馴染のにやけ面を見に来たが……」
その声に、ベイルは顔を上げた。
扉にもたれかかるようにして、レオニードが立っていた。
「これはまた、ずいぶん難しい顔をしているな」
軽い調子で言いながら、口元に笑みを浮かべる。
「……ノックくらいはしろ」
「したぞ?無視されたがな」
肩をすくめながら、王子は室内へと歩み入る。
その手には、ひときわ質の良い封筒が一通。
「それで?全部出るのか?」
「まさか、選別する」
「だろうな」
机の上の山を一瞥し、レオニードは小さく笑う。
「正直なところ、どれも似たようなものだろうな。見たい、測りたい、探りたい。……退屈だろう?」
「……まあな」
「だから、だ」
そう言って手にしていた封筒をひとつ、ベイルの前に差し出した。
他のものとは明らかに違う。
簡素だが、無駄のない上質さ。王家の印章が静かに刻まれている。
「これは俺からだ」
ベイルは一瞬だけ視線を落とし、わずかに眉を寄せる。
封を切る。
中の紙を取り出し、軽く視線を落とすと、ゆっくりと目を走らせた。
――星降る夜の集いへのご招待――
来たる夜、六十年に一度の“星巡の大流星”が空を満たす折。
ひととき、喧騒を離れ、星のもとに集う場を設けた。
音楽と、ささやかなもてなしを用意している。
歩むも、語らうも、ただ夜空を見上げるも――すべては自由だ。
星は等しく降り、誰の上にも静かに輝く。
その光の下で、あなたがどのような時間を過ごすのか。
それを楽しみにしている。
――レオニード
追記:鹿鳴の月 第七日 日没後 王宮南離宮・星見の庭にて
ベイルは文面を目で追う。
ーー星降る夜の集い。
その一行で、わずかに視線が止まった。
……らしくないな、と、思う。
レオニードにしては、随分と回りくどい。
だが。
指先で、紙の端をなぞる。
静かに、もう一度だけ読み返す。
“歩むも、語らうも、ただ夜空を見上げるもーーすべては自由だ。”
自由、か。
その言葉の奥に、意図が透けて見える。
形式も、距離もーー理由さえも、用意してやる、ということか。
(……あいつめ)
小さく息を吐く。
レオニードの意図は見えた。
あとは流せばいい。
ーーそのはずだったのに。
ふと、脳裏に浮かぶ。
夜空を見上げる彼女の姿。
星の光を受けて、静かに目を細める横顔。
ーーその隣に、立つ距離。
わずかに、息が止まる。
ほんの一瞬。
思考が、そちらへ引き寄せられた。
「……俺は……何を」
低く呟き、はっとしたように視線を落とす。
指先に残る紙の感触が、現実へと引き戻した。
「ちょうどいい時期でな。六十年に一度の流星群がその日に見られるらしい」
「……それを、社交の場にするのか」
声音はいつも通り。
だが、ほんの僅かにだけ、低い。
「堅苦しい夜会よりは、よほど気楽だろう?」
くすりと笑うレオニードに、ベイルは短く息を吐く。
指先で、手にした紙の端を一度だけ整えた。
「……合理的ではあるな」
わずかな間を埋めるように、そう言い添える。
「その流星群、“星巡(ほしめぐり)の大流星”なんて呼ばれているらしい。大層な名前だろう?」
わずかに笑う。
「……“天空”や“星”を意味するセレスティアの名前にも、よく似合う」
軽く言ってみせるが、その視線は一瞬だけベイルを値踏みするように細められる。
「音楽もある。軽食も出す。好きに歩いて、好きに話せばいい。ーーまあ、建前はそんなところだ」
一拍。
「視線も、夜の庭園で灯りも少なく、そう集まらない」
何気ない調子で言い足す。
「それに、夜空を見上げる理由があるからな。無理に会話をつなぐ必要もない。」
「……黙っていても、不自然にはならない」
わずかに肩をすくめる。
「社交の場に慣れていない相手でも、息はしやすいはずだ」
言い終えてから、レオニードはふっと小さく笑った。
わずかな沈黙が落ちる。
レオニードは何も言わず、ベイルを見ている。
「更に、本音を言うか?」
レオニードはわずかに身を屈め、愉快そうに囁く。
「お前と、婚約者殿の距離が、少しは縮まるといいと思って企画した」
レオニードの言葉に、喉の奥で、わずかに息が詰まる。
言葉が出るまでに、ほんの一拍。
「……余計な世話だ」
「そうか?」
さらりと返しながら、王子は窓の外へと視線を向ける。
「だが、お前ーーそういうの、苦手だろう」
「何がだ」
「雰囲気作りだよ。ロマンチックな場だとか、そういうものを選ぶのが」
軽く笑う。
「夜会は形式、舞踏会は礼儀。ああいうのは問題ないがーーこういう“空気で距離を縮める場”は、疎そうだ」
一瞬の沈黙。
ベイルの眉が、わずかに寄る。
「……否定はしないな」
「だろう?」
愉快そうに頷く。
「だから用意してやった。場所も、口実もな」
ベイルは、小さく息を吐く。
「まったく……人の世話ばかりしていて、お前の方は大丈夫なのか」
ベイルの言葉に、レオニードは一瞬だけ目を瞬かせーーすぐに、いつもの調子で笑った。
「大丈夫だ。アリシアも来る」
あっさりとした声音。
「六十年に一度の天体ショーだ。未来の王子妃と一緒に眺めるくらいはしないとな」
どこか肩の力が抜けた言い方。だが、そこに無理はない。
当たり前のように、そうするのだと。
「だから安心しろ」
くすりと笑う。
「俺はちゃんとやっている。ーーお前の世話を焼けるくらいにはな」
「……そうか」
(……自然だな)
短く返しながら、ベイルはわずかに視線を細める。
その言葉に、嘘はないのだろう。少なくとも、無理をしているようには見えない。
「来るだろう?」
問いというより、確認。
ベイルは一度だけ、静かに息を吐いた。
(……これなら、堅苦しくもない。セレスティアにも、こういう場からならーー悪くない)
「……行く」
短く答える。
レオニードは満足そうに頷いた。
「決まりだな」
愉快そうな声音。
「楽しみにしている」
軽やかに言い残し、王子は部屋を後にした。
静けさが戻る。
ベイルは手元の招待状を見下ろす。
“星巡(ほしめぐり)の大流星”ー星降る夜の集いー。
その文字を、しばし見つめーー
やがて、机の上の招待状の山には戻さず、手の届く位置へと、静かに置いた。