騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 その瞬間。

 セレスティアの胸元のネックレスが、光を帯びた。

 “何かが、断ち切られた”
 
 音ではない。
 衝撃でもない。

 だが確かにーー

 “繋がれていた意識”が、外れた。

 “引き寄せられていたもの”が、途切れた。

 “境界が断ち切られた”感覚。

 “触れようとしたもの”に対して、明確な拒絶が返される。

 次の瞬間ーー

 ノクティスの影が、後方へ引き剥がされる。

 触れるはずだった距離は、完全に断ち切られていた。

 影が、わずかに揺らぐ。

 視線が、セレスティアの胸元に落ちる。

 「……その首飾り」

 低く、興味を含んだ声。

 小さな雫ような意匠。

 中央に宿る、淡い光。

 婚約披露のガーデンパーティーに向かう際、ベイルから贈られたもの。

 ノクティスの目が細まる。
 
 「……ただの装飾品ではないな。魔石に術式が織り込まれている」
 
 わずかに、足が前へ出る。

 ーー対象との距離を測ろうとする、半ば反動的な動き。

 その瞬間。

 ーー弾かれる。

 「……防御というよりは……境界か」

 目には見えない。

 だが確かに、拒まれた。

 見えない何かが、真正面から押し返す。

 あと一歩、踏み込めば届くはずの距離。

 ーーだが、そこから先へは進めない。

 腕を伸ばしても、指先は届かない。
 
 触れられるはずの距離が、そこで止められている。

 わずかに首を傾げる。

 「一定以上は、触れさせない類の術式……」

 くつり、と喉の奥で笑う。

 「ははっ……なるほど」

 視線がわずかに愉しげに歪む。

 「これはまた……念入りだ」

 その声音は軽い。 
 だが、その奥に確かな興味があった。

 「騎士殿は、ずいぶんと過保護らしい」

 ノクティスが、わずかに踏み出す。

 距離を詰めるためではない。
 ーー境界を試す、一歩。

 その瞬間。

 ネックレスの光が、鋭く瞬いた。

 ーー弾かれる。

 セレスティアの胸元から広がる“境界”そのものが、踏み込んだノクティスを押し返した。

 先ほどよりもはっきりと。
 “それ以上は許さない”という意思を伴って。
 
 ノクティスの影が、わずかに歪む。

 「……面白い」
 
 ーーそのとき。

 ふいに。

 胸元のネックレスに、別の“光”が重なった。

 胸の奥で、何かが震える。

 脈打つような、微かな鼓動。

 それはネックレスの光とは違う。

 もっと内側から。

 もっと深い場所から。

 (……なに……?)

 セレスティアの意識の底で、何かが目を覚ます。

 拒むように。

 押し返すように。

 “入ってくるもの”を否定する力。

 空気が、わずかに軋む。

 ノクティスの影が揺らいだ。

 「……ちっ」
 
 舌打ち。

 「媒介か。それともーー」

 その視線が、セレスティアの瞳に向く。

 まるで、値踏みするように。

 「君自身か」

 ノクティスの影の輪郭が、崩れ始める。

 「……だが、いずれーー」

 声が、わずかに遠のく。

 言葉の続きを残したまま。

 影が、ほどけるように消えていく。

 幻影は、完全に消えた。

 気配がーー途切れた。

 静寂だけが、残る。

 「ーー……っ」

 小さく息を呑む。

 はっとして、セレスティアは目を開いた。

 視界に飛び込んで来たのは、見慣れた天井。

 いつもの、変わらない離宮の寝室。

 「……今のは……?」

 自分の声が、やけに小さく響く。

 夢を見ているような感覚。

 セレスティアの身体が、ようやく動く。

 胸元に手を当てる。

 ネックレスは、ただ静かにそこにある。

 ーー先ほどのような光は、もうない。
 
 けれどーー

 かすかに、温もりが残っている。

 「……これが……?」

 指先で、そっと触れる。

 小さな石。

 婚約披露の時、ベイルから贈られたもの。

 理由も、意味も、特には語られなかった。

 ただーー

 「似合うと思った」とだけ。

 それなのに。

 外そうと思ったことは、一度もなかった。

 不思議なほど、違和感がなくて。

 眠るときでさえ。

 (……どうしてだろう……)

 理由は、分からない。

 ただ。

 これを外すと、何かが欠けるような気がしていた。

 落ち着かないような。

 どこか、心許(こころもと)なくなるようなーー

 曖昧な感覚。

 ふと、思い出す。

 あの日ーー

 首元に触れられた、あの時間。

 金具を留めるだけのはずなのに。

 ーーベイルの指は、すぐには離れなかった。

 ほんのわずかな、沈黙。

 「……まさか……」

 視線が、ネックレスに落ちる。

 (……あれは)

 もしかしてーー

 「……最初から……?」

 守るために。

 何も言わずに。

 気付かせることもなく。

 ただ、さりげなく。

 答えは、どこにもない。

 けれど。
 
 胸の奥に残っているのはーー

 確かに“守られていた”という、感覚だけだった。
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