騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 森を抜ける道はすでに黄昏の色を落とし、空は紫から群青へとかわり、木々の影が濃くなる。

 「……くしゅん」

 少女の小さなくしゃみ
 
 素肌に一枚の布を羽織っただけ。
 日が落ちれば、森の冷えは容赦がない。

 「……寒いか?」
 低い声。
 
 「……少しだけ」
 
 無言のまま、ベイルは手綱を握る腕の位置をわずかに変える。
 抱き寄せはしない。
 触れもしない。
 
 触れれば、また、彼女を緊張させるかもしれない。
 
 ただーー

 進行方向から吹き込む風を、自分の体で遮るように。
 ほんの少し、距離を詰める。

 少女も気づいたのだろう。
 
 マントの端を握る指先が、きゅっと強くなる。

 何も言わない。
 
 言えない。

 けれど、最初よりも少しだけ、背中の力が抜けている気がする。
 
 「……もうすぐか」

 
 やがて木々の隙間に灯りが見える。

 少女の家だ。

 その光を見た瞬間、少女の背がわずかに前へ離れた。

 背中越しに伝わっていた体温が、ほんのわずかに遠のく。

 家に着けば、この距離は終わる。

 なぜか、それを少し惜しいと思ってしまった自分に、ベイルは気づかないふりをした。
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