騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
「……では」
セレスティアは、わずかに息を整えた。
ベイルが視線を向ける。
「もし」
言葉を選ぶ。
「もし私が……エルランド家を継ぐと言ったら」
ベイルの表情が変わった。
ほんのわずかに。
けれど、確かに。
セレスティアは続ける。
「そうなれば、私は帝国に残ることになります」
「ああ」
「ベイル様が今お話しされたような暮らしには……ならない」
王都に家を構える。
そこからベイルが騎士団へ向かう。
一日が終われば、帰ってくる。
先ほど初めて思い描いたばかりの光景が、胸の奥に浮かぶ。
それとは、まったく違う未来。
「その場合」
セレスティアは、まっすぐベイルを見た。
「ベイル様は……どうなさるおつもりですか」
ベイルは、すぐには答えなかった。
静かな沈黙。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……簡単に答えられることじゃない」
セレスティアは黙って聞く。
「俺はヴェルディアで騎士として生きてきた」
低く、落ち着いた声。
「第三騎士団にも責任がある。俺一人の都合で、明日から辞めると言って済む立場でもない」
「……はい」
「家族もいる」
一拍。
「レオニードとのこともある」
その名に、セレスティアがわずかに目を上げる。
幼い頃から共に育った王子。
主従というだけではない。
長い年月を重ねてきた友。
ベイルがヴェルディアで築いてきたものは、騎士団の地位だけではない。
「だから」
ベイルは静かに続ける。
「離れたいと思っているわけじゃない」
「……」
当然だった。
分かっていたことだった。
それなのに。
胸の奥が、ほんの少しだけ沈む。
だが。
「ただ」
続いた声に、セレスティアが顔を上げた。
ベイルは、まっすぐこちらを見ていた。
「お前が本当に、エルランドを継ぎたいと思うなら」
わずかな間。
「俺が帝国へ来ることも、選択肢から外すつもりはない」
セレスティアの瞳が、大きく揺れた。
「……え」
ベイルは表情を変えない。
「今すぐ行くと言っているわけじゃない。俺一人で決められることでもない」
「ですが……」
「だが、考える」
短く。
はっきりと言った。
セレスティアは言葉を失った。
第三騎士団。
家族。
レオニード。
ヴェルディアで積み上げてきたもの。
それを。
自分の選択次第では、手放すことまで考えるというのか。
「……どうして」
気づけば、声が漏れていた。
ベイルの眉が、わずかに動く。
「どうして、そこまで……」
自分でも。
何を聞いているのか、分からなかった。
ただ。
知りたかった。
「私は……」
視線を落とす。
「ベイル様に、そこまでしていただきたいわけではありません」
「分かっている」
即答だった。
顔を上げる。
「なら――」
「だからだ」
「……え?」
ベイルは、わずかに目を細めた。
「俺がヴェルディアを離れられないから、お前がエルランドを諦める」
静かな声音。
「そういう決め方をするな」
セレスティアは息を止めた。
「でも……」
「俺のことまで、お前が決める必要はない」
「……」
「俺がどうするかは、俺が考える」
一拍。
「だからお前はーーお前が本当に望む方を選べ」
セレスティアは、すぐには答えられなかった。
ーーそうだ。
この人は、ずっとそうだった。
自分がどう見られるかではなく。
何が正しいとされているかでもなく。
ただ、自分で選ぶ。
そして。
同じことを、自分にも求めている。
ベイルは、わずかに視線を逸らした。
「だから」
一拍。
「俺を理由にするな」
その言葉が、胸へ落ちる。
「お前がエルランドを継ぎたいなら、それを選べ」
低い声。
「その後のことは――」
ほんのわずかに間が空く。
「二人で考えればいい」
「……」
セレスティアは、動けなかった。
――二人で。
どちらかが、どちらかに合わせるのではなく。
どちらか一人が、何かを捨てるのでもなく。
選んだその先を。
――二人で。
胸の奥で、何かが大きく揺れる。
「ベイル様は――」
声が、自然と零れた。
ベイルがこちらを見る。
そこまで言って。
止まった。
何を、望んでいるのですか。
喉元まで出かかった言葉。
けれど。
それを口にすることが、どうしてもできなかった。
聞いてしまえば。
今まで名前を与えずにきた何かが。
形を持ってしまう気がした。
セレスティアは、静かに視線を伏せる。
「……いえ」
小さく首を振った。
「何でもありません」
ベイルは、何も追及しなかった。
ただ。
しばらくセレスティアを見つめていた。
その視線が、ほんの少しだけ柔らぐ。
二人の間に、再び静けさが戻る。
けれど。
先ほどまでとは、もう違っていた。
王都のどこかにある、まだ存在しない家。
そこから騎士団へ向かうベイル。
そして――
帰ってくる場所にいる、自分。
ほんの少し前まで、考えたことすらなかった未来。
それが今は。
妙に鮮明に、胸の奥に残っている。
セレスティアは、そっと目を伏せた。
――ベイルの隣へ戻りたい。
その思いが。
先ほどまでよりも、ほんの少しだけ。
具体的な形を持ち始めていた。
セレスティアは、わずかに息を整えた。
ベイルが視線を向ける。
「もし」
言葉を選ぶ。
「もし私が……エルランド家を継ぐと言ったら」
ベイルの表情が変わった。
ほんのわずかに。
けれど、確かに。
セレスティアは続ける。
「そうなれば、私は帝国に残ることになります」
「ああ」
「ベイル様が今お話しされたような暮らしには……ならない」
王都に家を構える。
そこからベイルが騎士団へ向かう。
一日が終われば、帰ってくる。
先ほど初めて思い描いたばかりの光景が、胸の奥に浮かぶ。
それとは、まったく違う未来。
「その場合」
セレスティアは、まっすぐベイルを見た。
「ベイル様は……どうなさるおつもりですか」
ベイルは、すぐには答えなかった。
静かな沈黙。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……簡単に答えられることじゃない」
セレスティアは黙って聞く。
「俺はヴェルディアで騎士として生きてきた」
低く、落ち着いた声。
「第三騎士団にも責任がある。俺一人の都合で、明日から辞めると言って済む立場でもない」
「……はい」
「家族もいる」
一拍。
「レオニードとのこともある」
その名に、セレスティアがわずかに目を上げる。
幼い頃から共に育った王子。
主従というだけではない。
長い年月を重ねてきた友。
ベイルがヴェルディアで築いてきたものは、騎士団の地位だけではない。
「だから」
ベイルは静かに続ける。
「離れたいと思っているわけじゃない」
「……」
当然だった。
分かっていたことだった。
それなのに。
胸の奥が、ほんの少しだけ沈む。
だが。
「ただ」
続いた声に、セレスティアが顔を上げた。
ベイルは、まっすぐこちらを見ていた。
「お前が本当に、エルランドを継ぎたいと思うなら」
わずかな間。
「俺が帝国へ来ることも、選択肢から外すつもりはない」
セレスティアの瞳が、大きく揺れた。
「……え」
ベイルは表情を変えない。
「今すぐ行くと言っているわけじゃない。俺一人で決められることでもない」
「ですが……」
「だが、考える」
短く。
はっきりと言った。
セレスティアは言葉を失った。
第三騎士団。
家族。
レオニード。
ヴェルディアで積み上げてきたもの。
それを。
自分の選択次第では、手放すことまで考えるというのか。
「……どうして」
気づけば、声が漏れていた。
ベイルの眉が、わずかに動く。
「どうして、そこまで……」
自分でも。
何を聞いているのか、分からなかった。
ただ。
知りたかった。
「私は……」
視線を落とす。
「ベイル様に、そこまでしていただきたいわけではありません」
「分かっている」
即答だった。
顔を上げる。
「なら――」
「だからだ」
「……え?」
ベイルは、わずかに目を細めた。
「俺がヴェルディアを離れられないから、お前がエルランドを諦める」
静かな声音。
「そういう決め方をするな」
セレスティアは息を止めた。
「でも……」
「俺のことまで、お前が決める必要はない」
「……」
「俺がどうするかは、俺が考える」
一拍。
「だからお前はーーお前が本当に望む方を選べ」
セレスティアは、すぐには答えられなかった。
ーーそうだ。
この人は、ずっとそうだった。
自分がどう見られるかではなく。
何が正しいとされているかでもなく。
ただ、自分で選ぶ。
そして。
同じことを、自分にも求めている。
ベイルは、わずかに視線を逸らした。
「だから」
一拍。
「俺を理由にするな」
その言葉が、胸へ落ちる。
「お前がエルランドを継ぎたいなら、それを選べ」
低い声。
「その後のことは――」
ほんのわずかに間が空く。
「二人で考えればいい」
「……」
セレスティアは、動けなかった。
――二人で。
どちらかが、どちらかに合わせるのではなく。
どちらか一人が、何かを捨てるのでもなく。
選んだその先を。
――二人で。
胸の奥で、何かが大きく揺れる。
「ベイル様は――」
声が、自然と零れた。
ベイルがこちらを見る。
そこまで言って。
止まった。
何を、望んでいるのですか。
喉元まで出かかった言葉。
けれど。
それを口にすることが、どうしてもできなかった。
聞いてしまえば。
今まで名前を与えずにきた何かが。
形を持ってしまう気がした。
セレスティアは、静かに視線を伏せる。
「……いえ」
小さく首を振った。
「何でもありません」
ベイルは、何も追及しなかった。
ただ。
しばらくセレスティアを見つめていた。
その視線が、ほんの少しだけ柔らぐ。
二人の間に、再び静けさが戻る。
けれど。
先ほどまでとは、もう違っていた。
王都のどこかにある、まだ存在しない家。
そこから騎士団へ向かうベイル。
そして――
帰ってくる場所にいる、自分。
ほんの少し前まで、考えたことすらなかった未来。
それが今は。
妙に鮮明に、胸の奥に残っている。
セレスティアは、そっと目を伏せた。
――ベイルの隣へ戻りたい。
その思いが。
先ほどまでよりも、ほんの少しだけ。
具体的な形を持ち始めていた。