騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 「……ただ」

 セレスティアが、ふと顔を上げた。

 「一つだけ、気になっていることがあります」

 「なんだ」

 「アストレア公のことです」

 ベイルの目が、わずかに細くなる。

 「あの方は……私との婚姻を望んでいました」

 「ああ」

 「それなのに今日は、私とベイル様との婚姻について否定しませんでした」

 一度、言葉を切る。

 「それどころか、私がエルランドを継いで、ベイル様を夫として迎えればいい、と」

 「……そうだな」

 「どうしてでしょう」

 ベイルは、すぐには答えなかった。

 わずかに視線を巡らせる。

 室内は静かだった。

 人の気配も、魔術的な干渉の気配もない。

 帝国へ入ってから何度か確認しているが、少なくとも露骨な監視の痕跡は感じられなかった。

 だが――

 ここは、自分たちの領域ではない。

 「……俺も、それは考えていた」

 セレスティアがベイルを見る。

 「あいつが、お前との婚姻を諦めたとは思っていない」

 「……やはり、そう思われますか」

 「ああ」

 短く答える。

 「なら、今日の話には別の意図がある」

 「別の……」

 「ただ、それが何なのかはまだ分からない」

 ベイルはそこで、わずかに声を落とした。

 「――ここでは、それ以上話すのは避けた方がいいだろう」

 セレスティアが、ほんのわずかに目を見開く。

 そして、ようやくその意味に気づいたように周囲へ視線を向けた。

 「……聞かれている可能性が?」

 「気配はない」

 ベイルは淡々と答える。

 「だが、ないから安全だとは限らない。ここは帝国だ」

 「……そうですね」

 「少なくとも、こちらから手の内を明かす必要はない」

 セレスティアは小さく頷いた。

 それ以上、二人はノクティスについて口にしなかった。
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