騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 珍しく荒げられたノクティスの声に、ベイルが一瞬、言葉を失う。

 だが、ノクティスはもう彼を見ていなかった。

 その視線は、再びセレスティアへ戻っている。

 何かを探すように。

 これまでに起きた変化を、一つずつ辿(たど)るように。

 「最初の変化が起きたのはーー」

 ノクティスの視線が、セレスティアの頬へ落ちる。

 そこを今も、涙が静かに伝っている。

 「彼女が泣き始めた、その直後だ」

 ベイルの眉が寄る。

 「……それがどうした」

 「さらに、『もういい』と口にしたのを境に“イル”の性質が急激に強く現れ始めた」

 「そして彼女の精霊化が進むのとほぼ同時に、外部への影響も増大している」

 「……」
 
 「心理状態と、この現象が連動している可能性がある」

 ベイルの表情が険しくなる。

 「……お前が、それを言うのか」

 「どういうことだ?」
 
 ノクティスは、一瞬、ベイルを見た。

 その反応に、ベイルの鋼色の瞳に再び怒りが滲んだ。

 何か言いかけーーやめる。

 「……いや。もういい」

 ベイルは、吐き捨てるように言った。
 
 「お前に説明しても、無駄だとわかった」
 
 ノクティスは何も答えなかった。

 それきり、ベイルは口を閉ざした。


 ーーもう、どうでもいい。

 ーーどこへ行っても。

 ーー何を選んでも。

 ーー変わらないなら。

 ーー私でいる意味なんて。


 先ほどのセレスティアの言葉が、耳の奥に蘇る。

 その意味に気付いた瞬間、ベイルの表情が強張った。

 「……あいつ」

 「自分を……手放そうとしてるんじゃないのか」

 「……手放す?」

 ベイルはノクティスの問いに答えなかった。

 次の瞬間。

 「セレスティア!」

 強く、名前を呼んだ。

 深い黒の瞳がーーわずかに揺れた。

 そして。

 セレスティアの顔が、ほんの僅かにベイルの方へ動いた。

 「……!」

 ノクティスが、僅かに身を乗り出した。

 「反応した」

 「何?」

 ベイルがノクティスを見る。

 「今の呼びかけにだ」

 ベイルが息を止める。

 ノクティスの視線は、セレスティアから離れない。

 「ほんの一瞬だ。だがーーまだ、完全に意識が失われているわけではなさそうだ」

 ベイルが、セレスティアを見る。

 白銀の髪。

 深い黒の瞳。

 見慣れた淡紫の色は、もうどこにもない。

 それでも。

 「……いるんだな」

 小さく、呟く。

 鋼色の瞳が、真っ直ぐにセレスティアを見据える。

 そして。

 ベイルは踵を返し、再び長机を回り込む。

 「ならーー」

 足取りに、迷いはなかった。

 「話は早い」

 ノクティスが、歩き出したベイルを目で追う。

 「待て。何をするつもりだ」

 ベイルは振り返らない。

 群青色の髪を風に乱されながら、長机の端を抜ける。

 「決まっている」

 低く。

 けれど迷いのない声だった。

 「連れて帰る」
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