騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
第六話「俺の望む未来」
その先にいるのは、白銀の髪を揺らし、深い黒の瞳で虚空を見つめるセレスティア。
周囲では、あれほど激しく風が吹き荒れているというのに。
彼女のすぐ傍だけはーー妙に静かだった。
白銀の髪が、重力を忘れたように、ゆるやかに宙を漂っている。
一歩。
ベイルが、彼女へ近づく。
その瞬間だった。
――ドンッ!
何かが弾けたような衝撃が、室内を駆け抜けた。
「っ……!」
ベイルの身体が、大きく揺らぐ。
咄嗟に踏みとどまる。
風だった。
だが、先ほどまで室内を荒れ狂っていたものとは違う。
セレスティアを中心に、何かが外へ押し広がるような――見えない圧力。
床に散らばった書類が一斉に舞い上がり、壁際へ叩きつけられる。
「うわっ……!」
帝国側の書記官が、咄嗟に長机の縁へしがみついた。
王国側の書記官も、飛んできた紙片から顔を庇いながら、机の陰へ身を低くする。
壁際にいたリタは、近くの柱へ片手をつき、もう一方の腕で顔を覆った。
誰もが。
その場に留まるだけで精一杯だった。
その中で。
ベイルだけが、セレスティアを見ていた。
「……なるほど」
低く呟く。
そして。
もう一歩。
「待て!」
ノクティスの声が、鋭く響いた。
「今の彼女に不用意に近づくな!」
ベイルの足が、ほんの一瞬だけ止まる。
ノクティスもまた、吹き付ける風に外套を激しく煽られていた。
だが、その足元には淡い光が広がり、周囲を流れる風を僅かに逸らしている。
「彼女と精霊との境界が失われつつあるのなら、今、彼女の周囲で何が起きているのか――私にも完全には把握できない!」
「……」
「触れれば、あなたまで巻き込まれる可能性がある!」
沈黙。
窓の外で、雷鳴が轟く。
ベイルは、ゆっくりと息を吐いた。
「……俺は」
小さく。
けれど、迷いのない声だった。
「龍に遭遇したあの日……」
その言葉に、ノクティスの視線が動く。
「あいつに初めて会って、命を救われた」
一瞬。
ノクティスの表情が、強張った。
「……何だと」
ベイルは前を向いたまま続ける。
「だからーー」
一歩。
「あいつに生かされた命なら……」
もう一歩。
「あいつのために使う」
ノクティスは、しばらく言葉を発しなかった。
森に龍を顕現させたのはーー他ならぬ自分だ。
そして。
その龍に遭遇したベイルを救ったのがーーセレスティア。
それが、二人の出会いだった。
つまりーー。
「……そういうことか」
ノクティスの口元が、僅かに歪む。
「……今、聞きたくなかった話を聞かされたな」
ベイルは、セレスティアとの距離を縮めていく。
そのたびに、風が強くなる。
まるで。
彼女へ近づく者を、拒むように。
「セレスティア!」
ベイルが呼びかける。
返事はない。
深い黒の瞳は、ベイルを見ない。
「……くそっ」
ベイルが腕で顔を庇いながら、さらに足を踏み出す。
その時。
鋭い何かが頬を掠めた。
「っ」
一筋。
赤いものが、ベイルの頬を伝う。
その瞬間。
セレスティアの指先が――僅かに動いた。
ノクティスが、それを見逃さなかった。
「……やはり」
次の瞬間。
「ベイル殿!」
今度は、吹き荒れる風を押し切るような声が飛んだ。
「彼女は、あなたに反応している!」
ベイルの目が見開かれる。
だが、振り返らない。
セレスティアだけを見据えたまま。
「……だったら」
また、一歩。
「なおさら、行くしかないだろ」
さらに一歩。
だが――。
――ゴォッ!
突如。
風が膨れ上がった。
「っ……!」
ベイルの身体が、一気に押し戻される。
靴底が床を滑った。
同時に。
室内のあちこちから、悲鳴が上がる。
長机の上に残っていた書類や筆記用具が弾き飛ばされ、椅子の一つが音を立てて倒れた。
机の陰へ避難していた書記官たちは、さらに深く身を伏せる。
壁際では、リタが柱両腕を回すようにして、必死に身体を支えていた。
「ベイル様!」
風の中。
悲鳴にも似た声が届く。
それでも。
ベイルは退こうとしなかった。
「……っ」
床を踏みしめる。
一歩。
足を前へ出そうとする。
だが。
押し返される。
もう一度。
踏み出そうとする。
それでも。
前へ進めない。
「……っ、セレスティア……!」
その様子を見つめていたノクティスの目が、鋭く細められた。
「……仕方がない」
片手を掲げる。
吹き荒れる風の中、素早く詠唱を紡ぎ始めた。
足元に浮かんでいた術式が、一気に広がる。
幾重もの光の線が床を走り、ベイルとセレスティアの間へ伸びていく。
次の瞬間。
ーーゴォッ!
正面からベイルを押し返していた風が、左右へ大きく割れた。
一本の道を作るように。
「……何を」
「前を見ろ!」
ノクティスの声が飛ぶ。
「今だけ、風の流れを逸らす」
光の術式が激しく明滅する。
ノクティスの表情が歪んだ。
「長くは保たない」
ベイルが顔を上げる。
その先に。
白銀の髪を揺らすセレスティアがいる。
「行け!」
ベイルはーー走った。
ただ。
床を蹴った。
一気に、駆ける。
「セレスティア!」
――ピシッ。
光の術式が軋む。
ノクティスが歯を食いしばる。
――ピシッ、ピシッ。
亀裂が広がる。
それでも。
ベイルは走った。
あと数歩。
白銀の髪が、すぐそこに見える。
「セレスティア!」
手を伸ばす。
その瞬間。
――バンッ!
周囲では、あれほど激しく風が吹き荒れているというのに。
彼女のすぐ傍だけはーー妙に静かだった。
白銀の髪が、重力を忘れたように、ゆるやかに宙を漂っている。
一歩。
ベイルが、彼女へ近づく。
その瞬間だった。
――ドンッ!
何かが弾けたような衝撃が、室内を駆け抜けた。
「っ……!」
ベイルの身体が、大きく揺らぐ。
咄嗟に踏みとどまる。
風だった。
だが、先ほどまで室内を荒れ狂っていたものとは違う。
セレスティアを中心に、何かが外へ押し広がるような――見えない圧力。
床に散らばった書類が一斉に舞い上がり、壁際へ叩きつけられる。
「うわっ……!」
帝国側の書記官が、咄嗟に長机の縁へしがみついた。
王国側の書記官も、飛んできた紙片から顔を庇いながら、机の陰へ身を低くする。
壁際にいたリタは、近くの柱へ片手をつき、もう一方の腕で顔を覆った。
誰もが。
その場に留まるだけで精一杯だった。
その中で。
ベイルだけが、セレスティアを見ていた。
「……なるほど」
低く呟く。
そして。
もう一歩。
「待て!」
ノクティスの声が、鋭く響いた。
「今の彼女に不用意に近づくな!」
ベイルの足が、ほんの一瞬だけ止まる。
ノクティスもまた、吹き付ける風に外套を激しく煽られていた。
だが、その足元には淡い光が広がり、周囲を流れる風を僅かに逸らしている。
「彼女と精霊との境界が失われつつあるのなら、今、彼女の周囲で何が起きているのか――私にも完全には把握できない!」
「……」
「触れれば、あなたまで巻き込まれる可能性がある!」
沈黙。
窓の外で、雷鳴が轟く。
ベイルは、ゆっくりと息を吐いた。
「……俺は」
小さく。
けれど、迷いのない声だった。
「龍に遭遇したあの日……」
その言葉に、ノクティスの視線が動く。
「あいつに初めて会って、命を救われた」
一瞬。
ノクティスの表情が、強張った。
「……何だと」
ベイルは前を向いたまま続ける。
「だからーー」
一歩。
「あいつに生かされた命なら……」
もう一歩。
「あいつのために使う」
ノクティスは、しばらく言葉を発しなかった。
森に龍を顕現させたのはーー他ならぬ自分だ。
そして。
その龍に遭遇したベイルを救ったのがーーセレスティア。
それが、二人の出会いだった。
つまりーー。
「……そういうことか」
ノクティスの口元が、僅かに歪む。
「……今、聞きたくなかった話を聞かされたな」
ベイルは、セレスティアとの距離を縮めていく。
そのたびに、風が強くなる。
まるで。
彼女へ近づく者を、拒むように。
「セレスティア!」
ベイルが呼びかける。
返事はない。
深い黒の瞳は、ベイルを見ない。
「……くそっ」
ベイルが腕で顔を庇いながら、さらに足を踏み出す。
その時。
鋭い何かが頬を掠めた。
「っ」
一筋。
赤いものが、ベイルの頬を伝う。
その瞬間。
セレスティアの指先が――僅かに動いた。
ノクティスが、それを見逃さなかった。
「……やはり」
次の瞬間。
「ベイル殿!」
今度は、吹き荒れる風を押し切るような声が飛んだ。
「彼女は、あなたに反応している!」
ベイルの目が見開かれる。
だが、振り返らない。
セレスティアだけを見据えたまま。
「……だったら」
また、一歩。
「なおさら、行くしかないだろ」
さらに一歩。
だが――。
――ゴォッ!
突如。
風が膨れ上がった。
「っ……!」
ベイルの身体が、一気に押し戻される。
靴底が床を滑った。
同時に。
室内のあちこちから、悲鳴が上がる。
長机の上に残っていた書類や筆記用具が弾き飛ばされ、椅子の一つが音を立てて倒れた。
机の陰へ避難していた書記官たちは、さらに深く身を伏せる。
壁際では、リタが柱両腕を回すようにして、必死に身体を支えていた。
「ベイル様!」
風の中。
悲鳴にも似た声が届く。
それでも。
ベイルは退こうとしなかった。
「……っ」
床を踏みしめる。
一歩。
足を前へ出そうとする。
だが。
押し返される。
もう一度。
踏み出そうとする。
それでも。
前へ進めない。
「……っ、セレスティア……!」
その様子を見つめていたノクティスの目が、鋭く細められた。
「……仕方がない」
片手を掲げる。
吹き荒れる風の中、素早く詠唱を紡ぎ始めた。
足元に浮かんでいた術式が、一気に広がる。
幾重もの光の線が床を走り、ベイルとセレスティアの間へ伸びていく。
次の瞬間。
ーーゴォッ!
正面からベイルを押し返していた風が、左右へ大きく割れた。
一本の道を作るように。
「……何を」
「前を見ろ!」
ノクティスの声が飛ぶ。
「今だけ、風の流れを逸らす」
光の術式が激しく明滅する。
ノクティスの表情が歪んだ。
「長くは保たない」
ベイルが顔を上げる。
その先に。
白銀の髪を揺らすセレスティアがいる。
「行け!」
ベイルはーー走った。
ただ。
床を蹴った。
一気に、駆ける。
「セレスティア!」
――ピシッ。
光の術式が軋む。
ノクティスが歯を食いしばる。
――ピシッ、ピシッ。
亀裂が広がる。
それでも。
ベイルは走った。
あと数歩。
白銀の髪が、すぐそこに見える。
「セレスティア!」
手を伸ばす。
その瞬間。
――バンッ!