騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 背後で術式が砕け散った。

 押し留められていた風が、一気に吹き返す。

 だが。

 その前に。

 ベイルの手が――セレスティアの手を掴んだ。

 「……っ!」

 凍えるように、冷たい。

 人の温もりが失われたかのような、その手を。

 ベイルは、強く握った。

 離さない。

 絶対に。

 「セレスティア!」

 呼ぶ。

 返事はない。

 けれど。

 その手は、確かにここにある。

 いつも。

 どこか迷いながら、それでも自分の手を取った、小さな手。

 今度は。

 自分が離さない。

 「……帰るぞ」

 深い黒の瞳が、微かに揺れた。

 「セレスティア」

 もう一度。

 今度は、ゆっくりと。

 彼女に届くように。

 「一緒に帰るぞ!」

 長い沈黙。

 それから。

 セレスティアの唇が、僅かに動いた。

 「……かえ、る……?」

 掠れた声だった。

 だが。

 そこには、先ほどまでなかったものがあった。

 僅かな――感情。

 ベイルの鋼色の瞳が見開かれる。

 セレスティアの顔が、ゆっくりと彼の方へ向く。

 深い黒の瞳が。

 ようやく。

 ベイルを見た。

 「……どこ、に……?」

 声が震える。

 「……私には、もう……」

 一筋。

 また涙が零れた。

 「……帰る場所なんて、ないのに……」

 「……」

 「……父様も……」

 唇が震える。

 「母様も……」

 今度は、はっきりと。

 その声に悲しみが滲んだ。

 「もう……いない……のに……」

 涙が溢れた。

 一筋ではない。

 次から次へと。

 白い頬を伝い、零れ落ちていく。

 その姿を前に。

 ベイルは、強く唇を噛んだ。

 ずっと。

 言えなかった。

 急かしたくないと思った。
 彼女自身に選ばせたかった。

 一歩踏み込めば、彼女を困らせるような気がして。

 何度も。
 何度も。
 言葉を呑み込んだ。

 けれど。

 ーー違う。

 帰る場所がない?
 そんなわけがない。

 「――ある!」

 漆黒の瞳が、微かに揺れる。

 ベイルは、繋いだ手を離さない。

 「帰る場所なら、ある!」

 セレスティアの眼差しに、微かな問いが浮かぶ。

 それを見た瞬間。

 胸の奥で、何かが切れた。

 もう。

 待つことが、彼女のためだとは思わなかった。

 言わなければ、伝わらない。

 自分が何を望んでいるのか。

 誰に、傍にいてほしいのか。

 ならーー。

 今度こそ。
 
 ベイルは、呑み込まなかった。

 「ーー俺のところだ!」
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