騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 マントが返され、わずかな沈黙が落ちる。

 その空気を、柔らかな声がほどいた。

 「では、私も名乗らせていただこう」

 穏やかで、よく通る声。

 室内にすでに腰かけていた青年が、ゆっくりと立ち上がる。
 動作は無駄がなく、自然で、どこか洗練されている。

 柔らかな金の髪が灯りを受けて淡く揺れる。
 琥珀色の瞳はあたたかく、それでいて確かな理性を宿している。

 彼は軽く会釈した。

 「レオニード・カイエル・ヴェルディア。ヴェルディア王国第二王子です」

 重々しくはない。
 だが、その名が持つ重みは、静かに室内へと広がる。

 フェリスの瞳が、わずかに瞬く。

 王子ーー。

 けれど、レオニードは肩の力を抜いたまま、続けた。

 「とはいえ、今はただの同行者です。どうぞ気を楽に」

 その言葉には、本心が(にじ)んでいる。

 王族でありながら前線に立つ者ではない。
 場を和らげることに長けた、彼らしい名乗りだった。


 その様子を、静かに見守っていた男が一歩前へ出る。

 薄灰色の衣。
 刺繍は簡素だが、どこか異国の気配を纏う意匠。

 黒髪は後ろで緩く束ねられ、いく筋かが肩口へ静かにこぼれている。
 整えすぎないその佇まいが、かえって隙のなさを感じさせた。

 その瞳はーー翡翠(ひすい)色。
 深い森の奥に潜む泉のような色。
 静かで、澄んでいて、揺らぎがない。

 けれどその奥には、かすかな温もりが宿っている。

 彼はゆるやかに手を胸元で重ね、穏やかに微笑む。

 「シャオ・ウェンと申します」

 それだけだった。
 
 肩書も、出自も語らない。
 それでも、不足を感じさせない落ち着きがあった。

 東の国の気配。
 ヴェルディアとは異なる流れの剣と術を持つ国。

 レオニードが興味深そうに目を細める。

 ベイルは黙している。

 男を見据えながら、胸の奥で静かに理解する。

 フェリスがあの龍の前に立てた理由も、きっと、この男にあるのだろうと。
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