騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 炉の火が、静かに揺れている。

 シャオ・ウェンは深い翡翠色の瞳をゆるやかにベイルとレオニードに向けた。

 「森の夜は、思いのほか早い」

 穏やかな声音。

 「このあたりに宿はございません」

 それは事実の提示であって、追い立てる響きはない。

 一拍置き、続ける。

 「よろしければ、今宵はここをお使いください」

 さりげない。
 だが、拒む余地も与えぬ自然さ。

 レオニードが軽く目を瞬かせ、すぐに笑みを浮かべる。

 「それはありがたい」

 肩の力を抜いた声音。

 「そこの騎士殿は夜通しでもフェリス殿と語り合いたいお気持ちでしょうがーー。」
 「私は少々、長旅で疲れておりまして……まず、横になってからでなければ、他人の恋路にも剣の行方にも付き合えない質なので」

 どこか楽し気に視線をベイルへ流す。

 ーー恋路。

 その一言が落ちた瞬間、空気が止まる。

 「……は?」

 ベイルの眉がピクリと動く。

 フェリスは理解が追い付かず、一拍遅れーー

 「こ、恋路……?」

 と、素直に繰り返して口にする。

 ベイルの頬がじわりと赤くなる。

 「何を言っている……」

 低く抑えた声。だがどこか硬い。

 レオニードは涼しい顔で続ける。

 「おや?違ったか?」

 フェリスの視線が、無意識にベイルへ向く。

 ベイルは言葉を失い、ほんのわずかに視線を逸らす。

 その様子を見ていたシャオ・ウェンがーー

 くす、と。

 喉の奥で、やわらかな笑みをこぼす。

 翡翠色の瞳が、春の水面のようにゆるやかに細められた。

 からかいではない。

 ただ、微笑ましいというように。

 「……若いというのは、良いものですね」

 ころころと、鈴のように穏やかな笑いが室内に広がる。

 空気が、すうっと軽くなる。

 フェリスは戸惑いながらも、その笑いに少しだけ肩の力を抜きーー

 ベイルは、何も言えずに咳払いをひとつ。

 レオニードだけが、満足げに目を細めていた。
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