騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
  炉の火はすでに小さくなっている。部屋には夜の気配が満ちていた。

 並べられた、簡素な布団。
 木の壁の向こうから、森の虫の声がかすかに聞こえる。

 レオニードは仰向けに寝転がり、天井を見上げたまま口を開いた。

 「……で?」

 短い一言。

 ベイルは横になったまま、目を閉じている。

 「何だ」

 「確信は、何割だ」

 問いは軽い。
 だが、核心を突いている。

 わずかな間。

 「……九割」

 低く、静かな声。

 「ほぼ、だな」

 「本人の口から聞いていない」

 「お前らしいな」

 レオニードはくすりと笑う。

 ベイルはゆっくりと息を吐いた。

 「剣の運び。重心の置き方。間合い。あれは偶然ではない」

 あの一閃。
 龍を消し去った時の光景が脳裏に蘇る。
 
 「それにーー」
 
 言葉が止まる。

 「色が違う、か」

 レオニードが先回りする。

 ベイルは小さく頷いた。

 「髪も、瞳も。あの時とは違った」

 「幻術か、何かを隠しているか……それとも単なる記憶違いか」
 
 自分に言い聞かせるような、低い声だった。

 沈黙が降りる。

 ベイルは懐に忍ばせた小瓶へと、無意識に指先を添える。
 
 それを察してか、レオニードが呟く。

 「明日、小瓶を見せるのだろう?」

 「……ああ」

 あの剣士から渡された、聖水が入っていた小瓶。
 あの剣士とベイルとをつなぐ唯一の手掛かり。

 「覚えていれば、それで確定する」

 「覚えていなかったら?」

 「……」

 「あるいは、はぐらかされたら?」

 ベイルの視線が、闇の中でわずかに揺れる。

 「その時はーー」

 そこで言葉が途切れる。

 本当は分かっている。

 覚えていようがいまいが、彼女があの剣士であることは、ほぼ疑いようがない。

 だが。

 一度、息を吐く。

 「……あの剣士も、龍も、幻だったと諦めるさ」

 淡々としている。

 だが、ほんのわずかに、声が乾いている。

 レオニードは横目でベイルを見る。

 「だったら、幻でも何でもいいさ。お前が見たものは、お前の中では事実だ」

 優しいが、押しつけない声音。

 「答えがもらえなくても、あの場で救われたことまで消えるわけじゃないだろう?」

 その言葉に、ベイルの指先がわずかに動く。

 懐の小瓶に触れたまま。

 「……礼だけは、言う」

 それが本音だった。

 レオニードは、満足そうに目を細める。

 「それでいい」

 炉の火が小さく弾ける。
 
 「救われた騎士が、正体も定かでない剣士に心を奪われ、夜な夜な幻を追っているーー」」

 くつりと笑う。

 「実に初恋らしく、詩的な絵面じゃないか」」

 ベイルの眉がぴくりと動く。

 「……また初恋だなどと」
 
 低い声。だが否定しきれない揺らぎが混じる。

 レオニードは方肘をつき、にやりとする。

 「お前が今まで女の名前を出して、そんな顔をしたことがあったか?」
 「社交界で一体何人の令嬢にため息をつかせたか、忘れたとは言わせないぞ?」

 返す言葉が、ない。
 
 ベイルは視線を逸らし、炉の火へと向ける。

 確かにーー
 社交の場で名を連ねる令嬢たちに、心を動かされたことはなかった。

 それよりも、剣の鍛錬の方がよほど意味があった。
 任務の方がよほど、現実だった。
 
 レオニードは肩をすくめる。

 「俺は少々心配していたんだぞ?このまま一生、お前は剣としか語らぬ男になるのではないかとーー」

 横目でベイルを見る。
 
 「今回は……少しは心動いたようだと俺は見ているが?」
 
 ベイルは沈黙する。

 「……勘違いだ」

 そう言いながらも、声音に確信はない。

 レオニードは笑う。

 「まあいいさ。往々にして初恋なんてものは、自分で気づく頃にはもう手遅れだったりする」

 軽く言って、寝転ぶ。

 「俺は影から祈ってやるさ。親友の初恋が、ちゃんと形になるようにな」

 ベイルは何も返さない。

 ゆっくりと横になり、目を閉じた。

 「……余計なお世話だ」

 誰にも聞こえないほど小さく呟き、すぐにかき消すように寝返りを打った。

 レオニードはそれを聞き取ったのかどうか、静かに笑みを浮かべる。

 「うまくいくといいな」
 
 それは王子としてではなく、ただの親友としての祈りだった。
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