騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした

第六話「騎士隊長陥落」

 朝の光が、木造の室内にやわらかく差し込んでいる。

 炉の火は落ち、代わりに窓辺の作業台に陽が当たっていた。

 フェリスは既に森から戻っていたらしい。
 (かご)には朝露をまとった草花がいくつも入っている。

 袖をまくり、慣れた手つきでそれらを仕分けていく。

 すり鉢に入れ、丁寧に潰す。
 澄んだ水を加え、静かに混ぜる。

 かすかな光が、器の中で揺れた。

 ベイルは何気なくその様子を眺めていた。

 最初はただの薬草を使った薬作りだと思っていた。

 だが。

 作業台の端に、整然と並ぶ小瓶が目に入る。

 透明な硝子。
 細い首。
 封蝋の色。

 胸が、わずかに鳴る。

 ーー見覚えがある。

 ベイルはゆっくりと近づいた。

 そして、一つの瓶を、指先で示す。

 「……これは」

 フェリスが顔を上げる。

 「……聖水みたいなものだよ。そんなに沢山は作れないけど……近くの村や街に売りに行ったりしてるんだ」
 
 その声音は、何気ない。

 だが、ベイルの鼓動は確実に速まる。

 懐へ手を入れる。

 取り出したのは、あの小瓶。

 作業台に並ぶそれとーーまったく同じ。

 「……これに……見覚えはあるか」

 静かな声。

 差し出されたそれを、フェリスは何気なく受け取る。

 そしてーー

 ぴたり、と動きが止まった。

 小瓶を見る。
 
 ベイルを見る。

 もう一度、小瓶を見る。

 「……ん?」

 首を傾げる。

 今度は少しだけ目を細める。

 「……この瓶って……私の?……」

 やがてはっとしたように目を見開いた。

 「もしかして……いつだったか森で助けた……騎士のお兄さん……?」
 
 その言葉が、あまりにもあっさりと落ちた。

 否定も、戸惑いもない。
 ただ、思い出したというだけの声音。

 ーーああ。

 胸の奥で、張り詰めていた何かが音を立ててほどける。

 昨夜、眠れぬまま巡らせた思考。
 幻かもしれない。
 記憶違いかもしれない。
 問い詰めるべきか、踏み込むべきか。
 
 それら全てが、拍子抜けするほど簡単に、ほどけた。

 自分があれほど考えていたことが、急に滑稽(こっけい)に思えてくる。

 「……は……」

 小さく息が漏れる。

 「……ははっ……」

 思わず、口元を手で押さえた。

 笑うつもりなどなかった。

 だが、こみ上げてくる。

 安堵と、力の抜ける感覚と、ほんの少しの自嘲(じちょう)

 昨夜の自分は、ずいぶんと深刻だったらしい。

 フェリスがきょとんと目を瞬かせる。

 「……え?」
 
 ベイルはようやく息を整え、ゆっくりと顔を上げる。

 鋼色の瞳は、もう揺れていない。

 「ああ。あの時、助けられたのは俺だ」

 声は落ち着いている。

 だが、どこか柔らかい。

 「礼を言う機会を、探していた」

 一拍。

 ほんのわずかに視線を伏せ、

 「……ありがとう」

 それは、昨夜のすべてを含んだ言葉だった。
 
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