騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 朝餉(あさげ)の空気が、まだどこか柔らかいまま。

 「……王都へ帰る」と言いながら、湯気を見つめ続けるベイル。

 どう見ても帰る顔ではない。

 レオニードはパンをちぎりながら、ちらりと幼馴染を見る。

 まさか、ここまでとは……。

 内心で肩を(すく)めながらも、王子の唇にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 (ここは……一肌脱ぐか……)

 「そういえば……」

 穏やかな声音に、全員の視線が向く。

 「我が騎士団隊長の命を救ってくれた恩人に、きちんと礼もせず帰るというのはいささか無礼ではないかな?」

 ベイルの眉がぴくりと跳ねた。

 フェリスはぱちりと瞬きをする。

 「え、でも……お礼は、さっきちゃんとーー」
 
 「口頭での礼など、礼のうちに入らないよ」

 にこり、と王子は完璧な笑みを浮かべる。

 「ぜひ、王都へ招きたい。正式に、もてなさせてほしい」

 一瞬、空気が止まった。

 「ーーは⁉」

 声を上げたのはベイルだった。

 「お、王都に、って……!」
 
 「何か問題でも?」

 涼しい顔で返され、言葉に詰まる。

 問題だらけだ。

 王都に招く?城に?
 このまま?

 心の準備も、距離も、何もかも整っていないのに。

 「王都……? わたしが……?」

 フェリスが戸惑いの声をあげた。

 「もちろん、今すぐにとは言わない」
 
 王子らしい余裕をにじませる声。

 「後日、正式な招待状を送ろう。君が考える時間も必要だろう?」

 フェリスは目を丸くする。

 「招待状……?」

 レオニードは穏やかに微笑んだ。

 「王都は遠いようで、案外近いものだ。……私たちはいつでもあなたを歓迎する」

 その声は穏やかで、けれど不思議と胸に残った。
 
 フェリスは、ほんの一瞬だけ目を見開いた。

 歓迎する。

 その言葉が、胸の奥にすとんと落ちる。

 王都。

 高い城壁。
 白い石つくりの街並み。
 人の気配が絶えない、華やかな場所。

 一度も足を運んだことのない……未知の世界、というわけではない。

 けれど。

 今の自分が軽々しく踏み入れていい場所でもない気がする。

 そこに、自分を迎えると言う。

 視線が揺れる。
 そっと息をつき、小さく笑った。

 「……そんな風に言ってもらえるなんて、思ってなかった」

 少しだけ照れたように、視線を逸らす。

 「うん……。師匠とも相談して、考えてみるね」

 その頷きは、軽くもなく、重すぎもしない。

 ただ、心に留めた、というような静かなものだった。

 ーーのだが……ベイルの胸が一瞬だけ強く打つ。

 考えてみる。

 拒絶ではない。
 即答でもない。
 けれどーー扉は閉じられていない。

 「……そうか」

 短く、低く。それだけを返す。

 それ以上、余計な言葉は出さない。
 出せばきっと、何かがこぼれる。

 王都に来るかもしれない。
 また会える、かもしれない。

 その“かもしれない”だけで、鼓動が落ち着かない。
 
 器を持つ指先に、わずかに力が入る。
 湯気の向こうに視線を逃す。

 平静を装っているつもりだがーー
 分かる者には、分かる。

 レオニードは、その様子を横目で観察していた。

 (……おいおい)

 喉の奥で笑いがせり上がる。

 肩がわずかに震えそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。

 「……こほん」

 危ない。
 今、目が合えば確実に吹き出していた。
 
 見ているこちらが恥ずかしくなるほど、分かりやすい。

 吹き出さなかった自分を、褒めてやりたい気分だった。

 それでもーー

 (まあ、悪くない)

 幼い頃から知る親友の、こんな顔を見るのは初めてだった。
 
 ーーさて。ここからが本番だな。

 恋に落ちた騎士隊長の、第二章の始まりだ。
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