騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 フェリスは鞄の中から、小さな蓋つきの瓶を取り出した。

 「六日間も案内役をしてくれるから……ささやかな感謝の気持ち」

 そっと、ベイルの前に差し出される。

 「私が作った魔法薬の傷薬。騎士は怪我が多いでしょ?」

 ベイルは視線を落とす。

 フェリスは続ける

 「それにあの時、私が魔法薬を作るところ、すごく熱心に見ていたでしょ?だからきっと、欲しいのかなと思って」

 ベイルの喉が、わずかに鳴る。

 「ーー見ていた」

 ーー確かに、見てはいた。

 だがーー

 (見ていたのは、そこじゃない……!)

 脳裏に蘇るのは、薬草でも、配合でもない。

 薬草を丁寧に選別する指先。
 真剣な横顔。
 そしてーー

 瓶の(ふち)に……そっと触れた唇。

 あの静かな口づけ。

 己の理性が、あの瞬間に吹き飛んだことなど……。

 (言えるわけがない……)

 フェリスは、ベイルの様子を見て首を傾げる。

 「……もしかして、違った?」

 無垢。
 
 完全に無垢。

 (違わない。違わないが……違う)

 方向が違うのだ。

 致命的に。

 「……いや。ありがたく受け取る」

 どうにか平静を装う。

 だが、耳の奥が、妙に熱い。

 フェリスはほっとしたように笑った。

 「よかった」

 瓶を握る手に、わずかに力入る。
 
 ふと、思う。

 ーーフェリスが精霊に愛されているという理由が、わかった気がした。

 飾らない。
 無防備なほどに真っ直ぐ。

 祝福のように瓶へ口づける姿も、誰かの怪我を案じて薬を差し出す手も。

 きっと、そういうところなのだ。
 彼女のあり方そのものが、祝福なのだろう。

 (……(かな)わないな)

 小さく息を吐く。

 滞在は、まだ始まったばかりーー
 
 それなのにーー

 すでにこの有様。

 (心臓がいくつあっても足りないな)

 けれどーー

 視線を落とし、(てのひら)の中の小さな瓶を見る。

 これは、彼女が自分のために用意してくれたもの。

 義務でも、形式でもない。

 ただの気遣い。

 その事実が、静かに胸を温める。

 (……嬉しいにきまっている)

 動揺とは別の熱が、じわりと広がる。

 「大事に使わせてもらう」

 気づけば、声がほんのわずかに柔らいでいる。

 静かな予感が、またひとつ胸に落ちた。
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