騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした

第三話「鏡の中の姿」

 夕暮れの光が、離宮の床に長い影を落としていた。
 旅装のまま窓辺の椅子に腰かけ、フェリスはぼんやりと庭を眺めている。

 王都の庭は、森とは違い、きちんと整えられている。
 
 それでも風に揺れる葉の音は、どこか懐かしかった。

 (……師匠、どうしてるかな)

 傍にある、剣の(さや)をそっとなでる。

 ふっと、肩の力が抜ける。


 ーーそういえば、今夜は。

 殿下との晩餐(ばんさん)だったはずだ。

 この恰好(かっこう)のままでは、さすがにまずいだろうか。


 そう思いかけた、その時。

 控えめなノックの後、扉が開く。

 「失礼致します。離宮付きの侍女、リタと申します!」

 思ったよりも、元気に明るく弾む声だった。

 入ってきたのは、フェリスと同じくらいの年頃の若い女性だった。

 ぱっと花が咲いたような笑顔だが、その瞳はどこか“観察する目”をしている。

 「今宵は殿下との内々の晩餐(ばんさん)と伺っておりますので、お召替えのご用意をお持ちしました」

 後ろには、衣装を山ほど抱えた侍女見習い。
 
 ばさっと、広げられる衣。

 淡い紫、薄青、生成り、他にもいろいろ。
 
 「え、こんなに?」

 「はいっ。どれもフェリス様の雰囲気を引き立てられるお色です」

 胸を張るリタ。
 
 リタの瞳が心なしか、キラキラと輝いているように見える。
 
 「フェリス様は、元々の素材がよろしいので、磨けば更に輝くこと間違いなしです!」
 
 なんだか、鼻息が荒い。
 
 「そ、そう……なの……かな?正直、こういう装いは……慣れていなくて……」

 リタの勢いに押されつつ、ぽつりとこぼす。

 その瞬間、リタの動きが止まった。

 
 ゆっくり、……ゆ~っくりと振り向く。

 
 「……慣れていない?」

 その目がぎらりと光った。

 「ひっ!」

 思わずフェリスが声をあげる。


 「では、慣れていただきましょう!」

 ぴしっと指をさされる。

 「それは……非常にもったいないです!フェリス様は、ほんの少し整えるだけで、とんでもない破壊力になります!」

 「は、破壊力……?」

 「ええ。もちろん、良い意味で!」

  前のめりだ。

 「私、そういう“眠っている魅力”を起こすのが大好きなんです!目覚めの瞬間を見るのが、生きがいなんです!」

 ぐっと拳を握るリタ。

 熱量がすごい。

 「装うって、飾ることじゃないんです。“もったいない”を救済することなんです!」
 
 いつの間にか、壮大な話になっている……。
  

 森では動きやすさがすべて。

 お洒落よりも、剣を握る方が楽しくて……。

 
 リタが持ってきた、淡い紫の衣に目が止まる。

 リボンの光沢。
 淡い花色の刺繍。

 (きれい……)
 
 美しいものや、可愛いものにときめく、そんな気持ち、ずっと忘れていたかも……。


 思わず手に取る。

 リタがすかさず

 「そのお召し物、瞳のお色との相性ピッタリです!」

 「そう……なの?」

 「はい!フェリス様の瞳の色と同系色ですが、濃度が違うのでちゃんと映えます!自然に統一感をだしてくれて、柔らかく幻想的、落ち着いた印象でありながらも、清楚で、中性寄りな雰囲気も壊さず、かつ、女性らしさも表現できるお色です!」

 つらつらと得意げに話すリタ。

 「あぁ……そのお色でしたら、髪は軽くまとめて、でも柔らかさも残して……絶対素敵です!」
 
 どうやら、もはやリタには完成図が見えてるらしい。

 フェリスはこらえきれずに笑ってしまった。

 ここまで本気で語られては、(あらが)う気力も削がれる。

 ーー職人の目だ。

 冗談ではなく、本気でそう思う。
 技術だけではない。
 誰かを輝かせたいと願う、まっすぐすぎる熱量。

 それを、真正面からぶつけられている。

 けれど不思議と、押し付けがましさはない。

 ただ、「あなたはもっと素敵になれる」と信じて疑わない顔。

 そのリタの眩しさに、フェリスはほんの少し目を細めた。
 
 着飾ることは、自分を偽ることだと思っていた。
 誰かの思惑に沿うための窮屈(きゅうくつ)な鎧だと。

 そういえばーー。

 森に咲く花を見つけて、少しだけ嬉しくなった日もあった。

 光る石を拾って、こっそり持ち帰ったこともあった。

 きれいなもの、かわいいものーー嫌いだったわけじゃない。

 フェリスの胸の奥で、かすかに何かがほどけていく。

 やわらかな笑みがこぼれる。

 「……じゃあ、リタに救済されてみようかな」

 その一言を聞き、リタの顔がぱああっと輝く。

 「はい、お任せください!すぐに、お仕度致しますね!」

 部屋の空気が、少しだけ華やぐ。

 
 衣を手に取ったまま窓の方を見る。

 庭の緑。
 
 森とは違うけれど、どこか似ている。

 その中で、自分が淡い紫を(まと)う姿を想像する。

 ほんの少しだけ、胸が高鳴る。

 忘れていた感覚ーー

 ーー悪くないのかもしれない。

 滞在中くらい。

 少しだけ、違う自分でも。

 ーーそれでも、きっと自分らしさは失わないはず。

 柔らかな光の中で、ほんのわずかに心が弾むのを感じた。
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