騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 夜の回廊は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。
 燭台(しょくだい)の灯りが静かに揺れ、磨き上げられた床に柔らかな光を落とす。

 その中を歩く一人の影。

 今夜の装いは、いつもの騎士団の実務服とは(おもむき)を異にしている。

 深い藍色の礼装騎士服。
 長い脚を引き立てる細身の裁断。
 襟元と袖口には控えめな銀糸の刺繍(ししゅう)が施され、胸元には王宮騎士団の徽章(きしょう)が静かに輝いていた。

 腰に帯びるのは儀礼用の剣。
 実践のための鋭さではなく、誇りを示すための静かな重み。

 歩みを進めるたび、マントの裾がゆるやかに揺れる。

 普段は武の気配を(まと)う男が、今宵は王宮の騎士として、静かに灯りの中を進んでいた。

 やがて、静かな離宮の廊下へと入る。
 昼間とは違い、夜はよりいっそう静まり返っている。

 足を止めたのは、庭に面した一室の前。
 
 扉の前で、ほんのわずかに呼吸を整える。

 胸の奥が、静かに鳴る。

 表情を整え、背筋を正す。
 王宮騎士としての顔を、崩さぬように。

 控えめに、しかしはっきりと。

 ーー二度、規則正しくノックをする。

 「ベイル・アーデンです。迎えに参りました」

 扉の向こうで、わずかに気配が動く。

 その一瞬が、妙に長く感じられた。
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