騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 扉が静かに開いた。

 燭台の灯りに照らされ、二人の姿が現れる。

 その瞬間ーー

 レオニードは、ほんのわずかに目を見開いた。

 ……これは。

 淡い紫の衣をまとい、灯りを受けて静かに立つその姿は、作り物めいた華美さはない。
 
 あくまで自然体でーーそれでいて目を奪う存在感を放っている。

 ……予想以上だ。

 リタ……少しやり過ぎではないか?

 いや。……むしろ正解か。

 これほどの素材なのであれば……隠しておくには惜しいな。


 ……やめておこう……。今夜は内々の晩餐だ。

 
 隣では、ベイルがいつも通りの顔を保っている。
 だが、ほんの(わず)かに、所作が慎重だ。

 「よく来てくれた。今夜は内々だ、気楽に」

 レオニードの言葉に、二人は席へと着く。

 卓には、気取らぬ顔をした料理が整然と並んでいる。
 香りは穏やかで、色味も落ち着いているが、質の高さがわかる品々だ。

 これなら、あの二人も肩肘張らずに済むだろうーー
 
 レオニードなりの配慮だった。

 フェリスは慣れぬはずの銀器を、迷いなく手に取り、静かに動かす。
 しかも、その動きの中に女性としての意識が(にじ)んでいて、不思議なほど滑らかだ。

 レオニードは一瞬だけ眉をひそめる。

 “……執務室に挨拶(あいさつ)に来た時にも、思ったが……元々森で生まれ育ったというわけでは無さそうだな”

 けれど、その違和感は、とりたてて問い詰めるほどのものでもなかった。
 むしろ、好奇心と期待が入り混じる感覚ーー。

 「離宮ではくつろげているか?」

  レオニードが柔らかな声でフェリスに尋ねる。

 「森の環境とは違うけれど、庭があって風も通るし、静かで、落ち着きます」

 「それは何より」

  レオニードは軽く頷き、次の問いを滑らかにつなげる。

 「この滞在中に、どこか行ってみたい場所はあるか?」

 フェリスは一瞬考え、口を開く。

 「そういえば……殿下が、もし興味があれば騎士団の訓練場も見学ができると……」

 それを聞いたベイルの手が一瞬止まる。

 「王都の騎士は、どんな鍛錬(たんれん)をしているのか、せっかくなら見てみたくて」

 まっすぐな瞳。
 
 あくまで剣士としての、純粋な興味から出た言葉だとわかる。

 「いいだろう。それならちょうど案内役のベイルには、うってつけの場所だしな。早速明日にでも案内してもらうといい」
 
 「いや……しかし……」

 ベイルのわずかな逡巡(しゅんじゅん)に、レオニードは肩をすくめる。

 「訓練場くらい、構わないだろう。お前がついているのだから問題あるまい?」

 軽い声音だ。
 挑発ではない。ただ、背中を押すだけの調子。

 ベイルは一瞬だけフェリスを見やり、静かに息を吐く。

 「……承知しました。明日。案内いたします」

 「ありがとう」

 フェリスの素直な礼に、ベイルの視線がわずかに()れた。

 しばし穏やかな時間が流れた後、フェリスが思い出したように口を開いた。

 「そういえば…滞在中に、街を少し見て回りたいのです」
 
 「買い物か?」

 「はい。師匠にお土産を買って帰ると約束してきたので……」

 レオニードは穏やかに頷く。
 
 「街歩きか。ちょうど良い。王都は見る場所も多い。」

 そして、さりげなく視線を横へ流す。

 「案内役は、すでに決まっているしな」

 わずかに含みを持たせた声音。

 ベイルは一瞬だけ視線を上げるが、すぐに静かに頷いた。

 「……お任せください」

 食事は穏やかに進む。

 グラスに赤い液体が注がれる。
 燭台の炎を映し込み、ゆらりと揺れる。

 フェリスはそれを不思議そうに見つめる。

 「……きれい」

 「王都の果実酒だ。甘くて飲みやすい」

 レオニードが穏やかに言う。

 フェリスはそっと口をつけた。
 
 次の瞬間、淡紫の瞳がわずかに見開かれる。

 「……美味しい」

 驚いたような声。
 
 もう一口。

 甘さの奥に、ほのかな熱が広がる。
 頬に、うっすらと赤みがさす。

 ベイルの指先が、ほんのわずかに止まる。

 「慣れていないのなら、控えめに」

 静かな忠告。

 「うん。少しだけ」

 その後もなごやかに食事が進んで行く。

 ーー気づけばいつの間にか、フェリスの杯の中は半分ほどに減っていた。

 視線が少しだけ、とろりと揺れる。

 「……なんだか、あたたかい……」

 言葉が、いつもより柔らかい。

 レオニードが面白そうに片眉を上げる。

 「酒は、初めてだったか?」
 
 「うん…平気…少し、ふわふわ……す……」

 言葉が、ほどける。

 そしてーー

 ふ、と力が抜ける。

 杯が傾くより先に、ベイルの手がそれを受け止めた。

 かすかな重みが腕に落ちる。
 
 「……フェリス?」

 呼びかけても返事はない。

 ただ、静かな寝息だけが胸元に触れている。
 
 かすかな甘い香りが、やけに近かった。
 
 静まり返る卓。

 「……これは」

 レオニードが、低く笑う。

 「思ったより効いたようだな」

 ベイルは、しばし動けない。
 腕の中の体温が、じんわりと伝わる。

 長い睫毛(まつげ)が頬に影を落とし、無防備な寝顔がそこにある。

 「……部屋へお連れします」

 声はいつも通りだった。
  
 「頼んだ」

 レオニードはそれ以上何も言わない。

 ただ、口元にうっすらと笑みを浮かべるだけ。

 レオニードはベイルの背を見送りながら、静かに杯を傾けた。

 (なるほど……これは)
 
 「守りたくもなるか」
 
 燭台の灯りが、静かに揺れていた。
 
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