騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした

第五話「隠しきれない気持ち」

 柔らかな陽が、離宮の窓から差し込んでいた。

 フェリスが目を覚ましたのは、すでに昼近くだった。

 「……あれ?」

 見慣れぬ天井。

 だがすぐに、王都の離宮であることを思い出す。

 確かーー

 昨夜は、レオニード王子との晩餐(ばんさん)だったはず……。

 「……途中から、記憶が……」

 体を起こした瞬間、侍女のリタが静かに告げる。

 「昨夜はお疲れのご様子でしたので、ベイル様がお部屋までお連れになられたそうですよ」

 「……っ」

 お連れって……もしかして、抱きかかえられてここまで来たのだろうか。

 胸の奥が、妙にざわつく。

 「さっそく初日から、迷惑をかけてしまった……」

 小さく呟くと、リタは柔らかく笑った。

 「本日は午後より、騎士団の訓練場をご見学されるとお聞きしました。ご準備を」
 
 「そういえばそうだった……」

 胸のざわめきを抱えたまま、フェリスは支度を整える。
 淡い光はいつしか傾き、昼の気配が満ちていく。
 
 ーーそして、午後。

 離宮の門前には、すでにベイルが立っている。

 いつもの騎士装束(しょうぞく)
 隙の無い立ち姿。

 だが、その胸の奥には、昨夜の余韻がまだ残っている。

 腕の中の温もり。
 頬に触れた指先の感覚。
 穏やかな寝息。

 小さく息を吐き、その記憶を胸の奥へそっと押し戻す。

 今は、任務中だ。
 そう自らに言い聞かせ、表情を整えて視線を前へ向けた。

 やがて、フェリスが姿を現す。

 昨夜の淡紫の衣は、影もない。

 軽やかな旅装に、動きやすい革の上着。
 灰銀色の髪は後ろでまとめられ、腰には迷いなく()いた剣。

 陽の下に立つその姿は、どう見ても若い従騎士ーー
 あるいは、腕の立つ旅の少年といった風。
 
 ……昨夜のあれは、本当に現実だったのだろうか。

 燭台の灯りに照らされ、静かに立っていたあの姿。
 淡紫の衣をまとい、ほんのり頬を染めて微笑んだ横顔。

 まるで、一夜限りの幻のようだ。

 夢だったのではないかとさえ思う。

 目の前の少年のような剣士と、昨夜、燭台の光の下で息をのんだあの姿。

 どちらが本当なのかーーいや、どちらも本当なのだ。

 その事実が思っていた以上に胸をざわつかせる。

 ……弱ったな。

 ベイルは小さく息を整え、表情を引き締めた。

 「では、参りましょう」

 それはいつも通りの声音だった。

 けれど、胸の奥では、燭台の灯りに照らされたあの幻が、まだ消えきらぬまま、淡く揺れている。

 それが(うつつ)であったはずなのに、まるで夢の名残のように……。
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