騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
扉を押し、薬草店を出ると、
ふと、遠くの鐘が鳴った。
正午を告げる音だ。
「……昼か」
短くベイルが言う。
「どこかで軽く昼食でも取ろうか」
フェリスは素直に頷いた。
二人は通りの角にある小さな店へ入る。
木の看板に、湯気の立つスープの絵が描かれていた。
正午を告げたばかりだからか、店内はそこまで混んでおらず、落ち着いている。
窓際の席に座ると、外の光がやわらかく差し込んだ。
ほどなくして運ばれてきたのは、温かいスープと、焼き立てのパン。
それに簡素な肉料理。
王都の店にしては、気取らない食事だ。
フェリスはパンを取り、少し嬉しそうに言った。
「いい匂い」
「王都でも、こういう店の方がうまい」
「そうなの?」
「……ああ」
それきり、少し沈黙が落ちる。
ベイルは意識して視線を外していた。
必要以上に目を合わせない。
距離を取る。
それが今できる、唯一の理性だった。
だがーー。
「…あのね…ベイル」
不意に呼ばれ、顔を上げる。
フェリスは少し考えるような顔をしていた。
「昨日……リタに、言われたんだけど」
ベイルの手が、わずかに止まる。
「……何を」
フェリスは、ほんの少しだけ言葉を探した。
「ベイルは……」
そこで、一瞬迷う。
それから、まっすぐ言った。
「……私を、女性として見てるって」
次の瞬間だった。
ベイルは口に含んでいたスープをーー
危うく吹き出しかけた。
慌てて飲み込んだが、今度は喉に引っかかる。
「……っ、」
思わず咳き込む。
「……げほっ……げほっ……」
フェリスは驚いたように目を瞬かせる。
「……大丈夫?」
差し出された水の入ったグラス。
ベイルはそれを受け取り、一口飲んでようやく息を整えた。
それでも、耳の奥まで熱い。
そんな彼をフェリスはまっすぐ見つめている。
首を少し傾げながら。
その問いは、あまりにも真っ直ぐだった。
からかいも、含みもない。
ただ、答えを知りたいという顔。
ベイルはしばらく沈黙した。
匙を置く。
視線を落とす。
それから小さく息を吐いた。
「……リタに何を言われた」
「え?」
「その話だ」
「ベイルはきっと、私のことを、女性として見てるって……」
ーー沈黙。
ベイルは額を押さえた。
(……リタのやつ)
心の中で、静かにリタの顔が浮かぶ。
「……本当なの?」
フェリスが続ける。
逃げ道は、なかった。
ベイルはゆっくり顔を上げた。
真正面からその瞳を見る。
そして、少しだけ困ったように笑った。
「……否定は、できない」
フェリスの目がわずかに丸くなる。
「でも」
ベイルは続けた。
「それで、君が困るなら」
一度言葉を切る。
「……忘れてくれて構わない」
静かな声だった。
押し付ける気配はない。
ただ、事実だけを置くような言葉。
フェリスはしばらく黙っていた。
そしてーー
小さく頷いた。
「……そっか」
それだけ言って、スープを一口飲む。
少し考えてから、ぽつりと言った。
「……困りは……しないかも」
ベイルが顔を上げる。
ベイルの思考が止まった。
今、何と言った?
聞き間違いではないのかと、一瞬疑う。
だがフェリスは、何事もなかったかのようにスープを口に運んでいる。
頬に差し込む昼の光。
その横顔は、あまりにも平然としていた。
「……困らないのか」
ようやく絞り出した声は、思ったより低かった。
フェリスは少しだけ考える。
それから首を傾げた。
「うん」
あっさりと頷く。
「昨日、リタに言われて……少し考えたの」
ベイルの視線がわずかに揺れる。
「私、恋とか、よくわからないけど」
少し、不思議そうにな感じに呟く。
「でも、ベイルなら……嫌じゃないと思えた」
その一言で。
胸の奥に張り詰めていたものが、ふっとほどけた。
昨日の自分を思い出す。
嫉妬に任せて彼女の手を引き、案内役を途中で放棄して去った自分。
騎士としても、男としても、情けないとしか言えなかった行動だった。
だから、今日は距離を取ろうと決めていた。
これ以上踏み込めば、彼女を困らせるかもしれないと思っていた。
ーーなのに。
(……参ったな)
心の奥で、小さく笑う。
嬉しい。
驚くほど、素直にそう思った。
だが、それを素直に顔に出すつもりはなかった。少なくとも、自分では。
ベイルは視線を落とし、静かにスープを口に運んだ。
そして一言だけ言う。
「……そうか」
短い言葉。
それだけだった。
けれど、その声は先ほどよりわずかに柔らかかった。
窓の外では、王都の昼の通りが賑わい始めている。
しばらく穏やかな食事の時間が流れた。
フェリスはパンをちぎりながら、どこか少しだけ楽しそうだった。
それを見て、ベイルの胸の奥に、静かな安堵が広がる。
……拒まれなかった。
それだけで、十分だった。
「……このあと、予定はあるか?」
フェリスは首を振る。
「特にないけど」
ベイルはほんの少し視線を外し、何でもないことのように言った。
「まだ時間もある。……王都は店も多い」
そして、わずかに笑う。
「もう少し、見て回らないか」
フェリスは少しだけ嬉しそうに笑った。
「……うん。行こう」
ふと、遠くの鐘が鳴った。
正午を告げる音だ。
「……昼か」
短くベイルが言う。
「どこかで軽く昼食でも取ろうか」
フェリスは素直に頷いた。
二人は通りの角にある小さな店へ入る。
木の看板に、湯気の立つスープの絵が描かれていた。
正午を告げたばかりだからか、店内はそこまで混んでおらず、落ち着いている。
窓際の席に座ると、外の光がやわらかく差し込んだ。
ほどなくして運ばれてきたのは、温かいスープと、焼き立てのパン。
それに簡素な肉料理。
王都の店にしては、気取らない食事だ。
フェリスはパンを取り、少し嬉しそうに言った。
「いい匂い」
「王都でも、こういう店の方がうまい」
「そうなの?」
「……ああ」
それきり、少し沈黙が落ちる。
ベイルは意識して視線を外していた。
必要以上に目を合わせない。
距離を取る。
それが今できる、唯一の理性だった。
だがーー。
「…あのね…ベイル」
不意に呼ばれ、顔を上げる。
フェリスは少し考えるような顔をしていた。
「昨日……リタに、言われたんだけど」
ベイルの手が、わずかに止まる。
「……何を」
フェリスは、ほんの少しだけ言葉を探した。
「ベイルは……」
そこで、一瞬迷う。
それから、まっすぐ言った。
「……私を、女性として見てるって」
次の瞬間だった。
ベイルは口に含んでいたスープをーー
危うく吹き出しかけた。
慌てて飲み込んだが、今度は喉に引っかかる。
「……っ、」
思わず咳き込む。
「……げほっ……げほっ……」
フェリスは驚いたように目を瞬かせる。
「……大丈夫?」
差し出された水の入ったグラス。
ベイルはそれを受け取り、一口飲んでようやく息を整えた。
それでも、耳の奥まで熱い。
そんな彼をフェリスはまっすぐ見つめている。
首を少し傾げながら。
その問いは、あまりにも真っ直ぐだった。
からかいも、含みもない。
ただ、答えを知りたいという顔。
ベイルはしばらく沈黙した。
匙を置く。
視線を落とす。
それから小さく息を吐いた。
「……リタに何を言われた」
「え?」
「その話だ」
「ベイルはきっと、私のことを、女性として見てるって……」
ーー沈黙。
ベイルは額を押さえた。
(……リタのやつ)
心の中で、静かにリタの顔が浮かぶ。
「……本当なの?」
フェリスが続ける。
逃げ道は、なかった。
ベイルはゆっくり顔を上げた。
真正面からその瞳を見る。
そして、少しだけ困ったように笑った。
「……否定は、できない」
フェリスの目がわずかに丸くなる。
「でも」
ベイルは続けた。
「それで、君が困るなら」
一度言葉を切る。
「……忘れてくれて構わない」
静かな声だった。
押し付ける気配はない。
ただ、事実だけを置くような言葉。
フェリスはしばらく黙っていた。
そしてーー
小さく頷いた。
「……そっか」
それだけ言って、スープを一口飲む。
少し考えてから、ぽつりと言った。
「……困りは……しないかも」
ベイルが顔を上げる。
ベイルの思考が止まった。
今、何と言った?
聞き間違いではないのかと、一瞬疑う。
だがフェリスは、何事もなかったかのようにスープを口に運んでいる。
頬に差し込む昼の光。
その横顔は、あまりにも平然としていた。
「……困らないのか」
ようやく絞り出した声は、思ったより低かった。
フェリスは少しだけ考える。
それから首を傾げた。
「うん」
あっさりと頷く。
「昨日、リタに言われて……少し考えたの」
ベイルの視線がわずかに揺れる。
「私、恋とか、よくわからないけど」
少し、不思議そうにな感じに呟く。
「でも、ベイルなら……嫌じゃないと思えた」
その一言で。
胸の奥に張り詰めていたものが、ふっとほどけた。
昨日の自分を思い出す。
嫉妬に任せて彼女の手を引き、案内役を途中で放棄して去った自分。
騎士としても、男としても、情けないとしか言えなかった行動だった。
だから、今日は距離を取ろうと決めていた。
これ以上踏み込めば、彼女を困らせるかもしれないと思っていた。
ーーなのに。
(……参ったな)
心の奥で、小さく笑う。
嬉しい。
驚くほど、素直にそう思った。
だが、それを素直に顔に出すつもりはなかった。少なくとも、自分では。
ベイルは視線を落とし、静かにスープを口に運んだ。
そして一言だけ言う。
「……そうか」
短い言葉。
それだけだった。
けれど、その声は先ほどよりわずかに柔らかかった。
窓の外では、王都の昼の通りが賑わい始めている。
しばらく穏やかな食事の時間が流れた。
フェリスはパンをちぎりながら、どこか少しだけ楽しそうだった。
それを見て、ベイルの胸の奥に、静かな安堵が広がる。
……拒まれなかった。
それだけで、十分だった。
「……このあと、予定はあるか?」
フェリスは首を振る。
「特にないけど」
ベイルはほんの少し視線を外し、何でもないことのように言った。
「まだ時間もある。……王都は店も多い」
そして、わずかに笑う。
「もう少し、見て回らないか」
フェリスは少しだけ嬉しそうに笑った。
「……うん。行こう」