騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 店の中は、外から見るより静かだった。

 木の棚に、繊細な髪飾りが並んでいる。
 金糸の細工、花を模したもの、宝石をあしらったもの。

 どれも王都らしく、上品で繊細な品々。

 光を受けて、細工がきらめく。

 「……素敵」

 思わず()れた声。

 ベイルはその横顔を見て、小さく笑う。

 それから、さりげなく言った。

 「最初の日に、もらっただろ?」

 「……?」

 「傷薬」

 「……あ」

 思い出した声。

 「その礼だ」

 フェリスの目が丸くなる。

 「好きなのを選んでくれ」
 
 「ちょ、ちょっと待って」

 フェリスは慌てる。

 「そんな高そうなもの、もらえないよ」

 「それに、買ってもらったところで、使う機会ないし」

 ベイルは少しだけ眉を上げた。

 「……そうか?」

 「私、普段こんな格好だし」

 自分の旅装を見下ろす。
 剣士の装い。
 
 「髪飾りを付けても、変だよ」
 
 少しだけ肩をすくめる。

 その言葉に、ベイルは一瞬だけ黙った。

 「……困らないと、言ったろ?」

 ベイルは静かに言った。

 「俺が、君を女性として見ても」

 フェリスの胸の奥が小さく跳ねる。

 ベイルの視線が、静かにこちらを見ていた。

 「それに……王都滞在は、あと二日ある」

 ベイルは視線を戻した。
 
 「案内役として、まだ見せたい場所がある」

 そこで一度言葉を止める。

 「その時に」

 ほんのわずかに声を落とす。
 
 「髪飾りが似合う格好で、一緒に王都を回ればいい」

 「無駄にはならない」
 
 意味を理解するのに、少し時間がかかった。

 「……それって」

 フェリスは少し考えるように視線を泳がせた。

 「その……」
 
 言葉を探すように眉を寄せる。
 
 ベイルは一瞬だけ眉を寄せた。

 「……?」

 フェリスは首を傾げる。

 「えっと……あれ……なんだっけ?」

 指先を口元に当て、思い出そうとする。

 そしてーー

 「……逢引(あいび)き?」

 「……!?」

 ベイルが、その言葉を聞いて固まる。

 (待て!)

 (今、それを本人が言うのか!)

 (しかも、そんな顔で!)

 一瞬言葉を失う。


 フェリスはきょとんとしたまま、さらに首を傾げた。
  
 「……もしかして、違った?」

 無垢。
 
 完全に無垢。

 (違わない。違わないが!……違う)

 ベイルは一瞬言葉を失った。

 それからーー
 
 小さく頷いた。
 
 「……いや。まぁ、そういうものだ」

 フェリスは少し照れたように笑う。

 「じゃあ……」

 フェリスは棚に並ぶ一つの髪飾りに目を留めた。

 細い銀の髪留めだった。

 繊細な台座に、小さな石が一つはめ込まれている。

 深い青の石だった。

 昼の空の青ではない。
 もっと静かな、奥行きのある色。

 フェリスはそっとそれを手に取る。

 光を受けると、石の奥に細かな輝きが瞬いた。
 まるで遠くの星のように。

 「……これ……夜空みたいで、きれい」

 静かな感想。

 広い森の夜、木々の隙間から見上げる空を思い出しているのかもしれない。
 その瞳はどこか懐かしそうに細められていた。

 「……それが気に入ったのか?」

 「うん」

 フェリスは素直に頷いた。

 ベイルは店主へ視線を向ける。
 「では、これをーー」

 言いかけて、ふと手を止めた。
 改めて石を見る。

 この石の色はーー

 その時、視界の端に鏡が映った。

 店の壁に掛けられた姿見。
 
 何気なく目を向ける。

 鏡の中には自分の姿。

 騎士の黒い外套。
 そして、光を受けてわずかに青を帯びる髪。

 「……」

 思わず指先で、自分の髪に触れる。

 群青(ぐんじょう)の髪。
 
 手の中の石。
 鏡に映る自分の髪。
 
 色がよく似ている。

 夜空の石。

 まるでーー
 自分の色を選ばれたようだった。

 一瞬、妙な沈黙が落ちる。
 気づいた途端、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。

 
 ーーだが。

 当のフェリス本人は、そんなことなど欠片も気づいていない様子。

 棚の髪飾りを楽しそうに眺めている。
 
 自分の色を贈るなど、まるでーー

 自分の一部を相手に預ける、という意味。

 髪の色や瞳の色を装飾品にして、相手に持たせる。

 それは、王都の貴族の間では、恋人同士のささやかな習わしとして知られている。

 自分が、そう仕向けたわけではない。

 ただの偶然だ。

 それはわかっている。

 ベイルはそれ以上考えないように、視線を逸らした。

 しかしーー

 思いがけず、妙な形になってしまった。

 胸の奥で、少しだけ罪悪感めいた熱が走る。

 「……これを」

 何事もなかったように、髪飾りを店主へ差し出す。

 先ほど、フェリスがふわりと口にした言葉が脳裏に浮かぶ。

 ベイルはわずかに口元を緩めた。

 「……逢引き、か」

 小さく息を吐く。

 「……まぁ、そういうことになるのか」

 ただの買い物のはずだった。

 それでもこの瞬間だけは、まるで二人だけの時間のように感じられた。

 ほんの少しだけ、互いの距離が近づいた気がした。
< 43 / 64 >

この作品をシェア

pagetop