騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 祭りの通りは、人々の賑わいに満ちていた。

 屋台が並び、笑いと音楽が入り混じる。
 人の流れが絶えず動き、通り全体が、生き物のように揺れていた。

 フェリスは思わず、足を止めた。

 村の祭りには、行ったことがあるが、それとはまた違う。
 
 人の数も、華やかさも、まるで別世界のようだった。

 「……すごい人」

 「はぐれないように、気を付けて」

 ベイルが言う。

 その手は、変わらずフェリスの手を握ったままだった。

 「うん、わかった」

 二人は、屋台の並ぶ通りへ入る。

 「ベイルは、お祭りに来た事あるの?」

 「いや、ほとんどない」

 「警備の任で来たことがあるくらいだ……」

 「……そうなんだ」

 するとーー

 屋台から甘い香りが漂ってくる。

 フェリスがふと視線を向ける。

 「……いい匂い」

 ベイルも屋台に目を向ける。

 「蜂蜜菓子のようだな」

 屋台に向かい、銅貨を渡す。

 「一つ」

 串に刺さった菓子を受け取り、フェリスに差し出した。

 フェリスは少し驚いたようにそれを見たが、やがて受け取る。

 「ありがとう」

 慎重に一口かじる。

 蜂蜜の甘さが、思った以上に口いっぱいに広がった。

 「……すごく、甘い」

 手を頬に当てて、驚きの声をあげる。

 その無邪気な表情に、ベイルは思わず笑った。

 「ベイルは食べないの?」

 「いや、俺はいい」

 ベイルはそう答えながら、周囲へ一度だけ視線を巡らせた。

 通りの人の流れが、少しずつ増えてきている。

 フェリスが屋台を覗こうとして、通りの外側に寄った。

 その時ーー

 ベイルの手がそっとフェリスの背に触れる。

 その温もりに、胸の奥が一瞬だけざわついた。

 押された人の肩が当たりそうになり、自然と(かば)うように立つ。

 腕を引くわけでもない。
 抱き寄せるわけでもない。

 ただーー

 フェリスが自分の外側に出ないように立つ。
 人の流れがぶつからない位置へ導くだけ。
 
 フェリスは少し驚いて顔を上げる。

 ベイルは何事もないように歩いている。
 
 それがーー
 かえって落ち着かなかった。

 (……守られている)

 胸の奥が小さく揺れる。

 嬉しいような。
 でもーー
 どこか悔しいような。

 フェリスは視線を逸らした。


 ふと、腰に手をやるーー

 ーー剣がない。
 いつもなら、そこにあるはずなのに。

 さっき、背を(かば)われたことを思い出す。

 小さく息を吐く。
(なんだか、落ち着かない)

 その時だった。

 通りの向こうから、若い女性たちの声が聞こえてくる。

 「ねえ、あれ……」

 「第三騎士団の隊長じゃない?」

 「ベイル様だわ!」

 小さなざわめきが起こる。

 フェリスは少し不思議そうにその様子を見る。

 女性たちはちらちらとベイルを見ながら、楽しそうに(ささや)き合っていた。

 フェリスはふと隣に目を向ける。

 ベイルはまったく気にしていない様子で歩いている。

 「……ベイルって、人気なんだね」

 「そうか?」

 ベイルは少しだけ眉を上げた。

 「騎士団の仕事をしていれば、まぁそれなりに顔は知られる」

 「それだけだ」

 本当に、それだけという言い方だった。

 けれどーー
 
 胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。

 多くの視線。
 遠くで名前を囁かれる、あの空気。

 まだ何も始まっていないのに、すでに値踏みされているようなーー

 あの息苦しい感じ。

 かつて、似たようなものを感じていたことを思い出す。

 フェリスはふと、ベイルを見上げた。

 ベイルは……窮屈では、ないのだろうかーー
 
 気付かぬうちに、じっと見ていたらしい。
 不意に視線が合う。

 ベイルは少し驚いたように目を瞬かせた。
 それから、柔らかく笑う。
 
 「どうした?」

 静かな声で尋ねられる。

 フェリスは一瞬、言葉に詰まった。

 「……ううん、なんでもない」

 そう言って、慌てて視線を逸らす。

 胸の奥が、なぜか落ち着かなかった。

 フェリスの視線が、別の屋台で止まる。

 「あ、的当てだ!」

 見ると、客は小さな投げ棒を三本渡され、それで的を倒す遊びらしかった。

 フェリスの目が、楽しそうに輝いた。

 
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