騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 ベイルは静かに席につき、レオニードの報告を聞く。
 レオニードに依頼をしてから数日後、王宮内で小瓶の調査が進み、結果が届いたのだ。

 机の上には、例の小瓶が置かれている。
 あの時と変わらぬ、静かな光沢。

 ベイルの視線がわずかに揺れ、喉が小さく上下する。

 レオニードは書類に目を通しながら告げた。

 「魔術師や薬師たちの報告によると、この小瓶と同じ物は王都では出回っていないらしい」

 ベイルは黙って続きを待つ。
 指先がわずかに強く握られている。

 「しかし、このガラスの質の特徴が、ミルヴァン地方の工房で作られているものに酷似しているそうだ」

 「……ミルヴァン」

 低く復唱する声。
 眉がわずかに寄る。

 ミルヴァン地方。
 王都から北西へ数日、深い森と清流に囲まれた土地。
 山々から流れる澄んだ川は不純物の少ない良質な砂を運び、その川砂を原料に作られるガラスは、驚くほど透明度が高いという。
 大きな流通はなく、外へ出回る品も限られている。自然と共に生き、独自の技術を守る静かな土地だ。

 ベイルの視線が再び小瓶へ落ちる。
 澄んだガラスの向こうに、あの光景が蘇る。

 白銀の髪。
 漆黒の瞳。

 龍の咆哮が止み、世界が息を潜めたあの瞬間。

 本当に、現実だったのか。

 ベイルはゆっくりと(まぶた)を伏せ、そして開いた。
 その瞳には迷いと、拭いきれぬ確信が同時に宿っている。

 「……確かめてみたい」

 静かだが、はっきりとした声。

 「幻であったのか。それともーー確かに、この世にいるのか」

 執務室に一瞬、静寂が落ちる。

 レオニードは腕を組み、じっと幼馴染の彼を見つめた。そして、ふっとわずかに口元を緩める。

 「……その剣士のことを話す時のお前は、龍の話をしている時とは違うな」

 ベイルの肩が、ほんのわずかに強張る。

 「龍は脅威だ。だが、その剣士はーーお前にとって別の意味を持っているのだろう?」

 静かな声だが、逃げ場はない。

 ベイルは一瞬、言葉を失う。
 視線が揺れ、そして伏せられる。

 脳裏に浮かぶのは、あの姿。

 白銀の髪。
 漆黒の瞳。
 そして、傷を負った自分に向けられた、あの眼差し。

 「……命を、救われた」

 それだけを絞り出すように言う。

 レオニードは小さく息をつき、椅子にもたれた。

 「なるほどな。では、確かめに行く価値はある」

 一拍置いて、さらに踏み込む。

 「ーーだが、もし再び会えたとして、お前はただ礼を言って、それで終わるのか?」

 その問いに、ベイルははっと顔を上げる。

 答えられない。

 胸の奥で何かが、静かに揺れた。

 レオニードはそれを見逃さず、しかしそれ以上は追及しなかった。

 「まぁいい。ミルヴァン地方へ向かうなら、正式な理由付けは用意しよう。龍の件もある。調査としては十分だ」

 王子としての顔に戻る。

 けれど、最後に柔らかく告げる。

 「……だが、私情を否定する必要はない。人は時に、理屈ではなく”会いたい”から動くものだ」

 ベイルは静かに息を吸い込む。

 「……ありがとうございます」

 その声は、先ほどよりもわずかに熱を帯びていた。
 
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