騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
バラ園を抜けた先に、白い石造りのテラスがあった。
庭園を見渡すように設えた席。
軽やかな天幕が陽ざしを和らげ、風が通り抜ける。
テーブルにはすでに食事が用意されていた。
彩り豊かな野菜に、香草を添えた白身魚。
花びらをあしらった前菜に、淡い色合いの冷たいスープ。
どれも繊細で、どこか庭園の延長のような料理だった。
椅子を引かれ、自然な所作でエスコートされる。
その一つ一つがーー
あまりにも当たり前のように整っていた。
「……すごい」
思わず零れる。
料理というより、ひとつの景色のようだった。
ベイルはその様子を見て、わずかに目を細める。
「口に合うといいが」
「……ありがとう」
そう言いながら、ナイフを手に取る。
ーーその時だった。
ふと、手が止まる。
次の瞬間ーー
くすり、と小さな笑みがこぼれた。
「……?」
向かいに座るベイルが、わずかに首を傾げる。
フェリスは少しだけ視線を逸らしたまま、肩の力を抜いたように言った。
「……なんだか、可笑しくて」
「何がだ?」
穏やかな問い。
フェリスは少しだけ迷ってから、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「前に……王都で、一緒に昼食をとった時のこと、思い出して」
通りの角の小さな店。
湯気の立つスープと、焼き立てのパン。
気取らない空気と、少しぎこちない沈黙。
「あの時と、全然違うなって……」
そう言って、ふっと小さく笑う。
「同じ人と食事してるのに、不思議」
ベイルは一瞬だけ間を置いた。
それから、わずかに口元を緩める。
「……そうだな」
短い言葉。
それだけなのに、空気が少しだけ柔らぐ。
フェリスも、つられるように小さく息をついた。
けれどーー
その穏やかさは、長くは続かなかった。
視線が、テーブルの上に落ちる。
整えられた皿。
整えられた所作。
整えられた距離。
(……あの時は)
こんなこと、考えもしなかった。
ただ隣にいて、
ただ一緒に食事をしてーー
それだけでよかったのに。
胸の奥が、わずかに締め付けられる。
(どうして……今は)
こんなにも落ち着かないのだろう。
ベイルの気配が、すぐ近くにある。
それだけでーー
意識してしまう。
そしてーー
「……どうして」
気づけば、言葉が零れていた。
ベイルが顔を上げる。
フェリスは少しだけ迷ってから、続ける。
「どうして……私なんだろうって」
静かな声だった。
責めるでも、拒むでもない。
ただーー
理解できない、という響き。
「ロザリー様は……侯爵家の方だった」
ぽつりと付け加える。
「……ベイルにふさわしのは、あのような方のはず」
「ベイルの立場なら、選べるでしょう?」
言いながら、自分でもわかっていた。
これはーー
答えを求めている問いではない。
ただ、胸の奥に引っかかったものを、そのまま外に出しただけだと。
少しの沈黙。
風が、テーブルクロスを揺らす。
ベイルはすぐには答えなかった。
ただ、フェリスを見ている。
まっすぐに。
フェリスの胸が、強く波打った。
ベイルはゆっくりナイフとフォークを置く。
そして、静かに言う。
「選んでいる」
短い言葉。
フェリスは顔を上げる。
ベイルは変わらない表情で続けた。
「俺は、自分で選んで決めている」
それ以上の説明はない。
理由も、理屈もない。
ただ、それだけを。
まっすぐに。
その眼差しに、迷いはなかった。
(……どうして)
息が詰まる。
逸らしたくなるのに、逸らせない。
まるでーー
ここにいろ、と言われているようで。
選ばれていることを、
否応なく突きつけられているようで。
胸の奥の鼓動が、速くなる。
逃げ場が、ない。
(……こんなの)
知らない。
こんなふうに、まっすぐに誰かに望まれることなんてーー
(……苦しい)
そう思った瞬間ーー
言葉にしきれない感情が、胸の奥に引っかかった。
嫌なわけでは、ない。
むしろーー
そうではないと、どこかでわかってしまいそうで。
けれど、それを認めてしまうということ。
ベイルの隣に立つということはーー
ただ誰かの想いに応える、ということではない。
その先にあるものを、知らないわけではなかった。
社交。家柄。立場。
かつて、自分が息苦しさを覚えた世界。
(……戻ることになる)
あそこへ。
自分が、逃げ出した場所へ。
胸の奥が、強く軋む。
けれどーー
それでも。
さっき向けられた視線を、思い出す。
迷いのない、まっすぐな眼差し。
(……ベイルの隣なら)
一瞬、そんな考えが浮かんでしまう。
その瞬間。
息が詰まった。
(……だめだ)
それを認めてしまえば、きっと、戻れなくなる。
フェリスは小さく息を吐いた。
「……わからない」
ぽつりと零れる。
自分に向けたような言葉。
ベイルは何も言わない。
その沈黙が、余計に胸に残る。
フェリスは視線を落とし、静かにナイフを取った。
それ以上、何も言えなかった。
庭園を見渡すように設えた席。
軽やかな天幕が陽ざしを和らげ、風が通り抜ける。
テーブルにはすでに食事が用意されていた。
彩り豊かな野菜に、香草を添えた白身魚。
花びらをあしらった前菜に、淡い色合いの冷たいスープ。
どれも繊細で、どこか庭園の延長のような料理だった。
椅子を引かれ、自然な所作でエスコートされる。
その一つ一つがーー
あまりにも当たり前のように整っていた。
「……すごい」
思わず零れる。
料理というより、ひとつの景色のようだった。
ベイルはその様子を見て、わずかに目を細める。
「口に合うといいが」
「……ありがとう」
そう言いながら、ナイフを手に取る。
ーーその時だった。
ふと、手が止まる。
次の瞬間ーー
くすり、と小さな笑みがこぼれた。
「……?」
向かいに座るベイルが、わずかに首を傾げる。
フェリスは少しだけ視線を逸らしたまま、肩の力を抜いたように言った。
「……なんだか、可笑しくて」
「何がだ?」
穏やかな問い。
フェリスは少しだけ迷ってから、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「前に……王都で、一緒に昼食をとった時のこと、思い出して」
通りの角の小さな店。
湯気の立つスープと、焼き立てのパン。
気取らない空気と、少しぎこちない沈黙。
「あの時と、全然違うなって……」
そう言って、ふっと小さく笑う。
「同じ人と食事してるのに、不思議」
ベイルは一瞬だけ間を置いた。
それから、わずかに口元を緩める。
「……そうだな」
短い言葉。
それだけなのに、空気が少しだけ柔らぐ。
フェリスも、つられるように小さく息をついた。
けれどーー
その穏やかさは、長くは続かなかった。
視線が、テーブルの上に落ちる。
整えられた皿。
整えられた所作。
整えられた距離。
(……あの時は)
こんなこと、考えもしなかった。
ただ隣にいて、
ただ一緒に食事をしてーー
それだけでよかったのに。
胸の奥が、わずかに締め付けられる。
(どうして……今は)
こんなにも落ち着かないのだろう。
ベイルの気配が、すぐ近くにある。
それだけでーー
意識してしまう。
そしてーー
「……どうして」
気づけば、言葉が零れていた。
ベイルが顔を上げる。
フェリスは少しだけ迷ってから、続ける。
「どうして……私なんだろうって」
静かな声だった。
責めるでも、拒むでもない。
ただーー
理解できない、という響き。
「ロザリー様は……侯爵家の方だった」
ぽつりと付け加える。
「……ベイルにふさわしのは、あのような方のはず」
「ベイルの立場なら、選べるでしょう?」
言いながら、自分でもわかっていた。
これはーー
答えを求めている問いではない。
ただ、胸の奥に引っかかったものを、そのまま外に出しただけだと。
少しの沈黙。
風が、テーブルクロスを揺らす。
ベイルはすぐには答えなかった。
ただ、フェリスを見ている。
まっすぐに。
フェリスの胸が、強く波打った。
ベイルはゆっくりナイフとフォークを置く。
そして、静かに言う。
「選んでいる」
短い言葉。
フェリスは顔を上げる。
ベイルは変わらない表情で続けた。
「俺は、自分で選んで決めている」
それ以上の説明はない。
理由も、理屈もない。
ただ、それだけを。
まっすぐに。
その眼差しに、迷いはなかった。
(……どうして)
息が詰まる。
逸らしたくなるのに、逸らせない。
まるでーー
ここにいろ、と言われているようで。
選ばれていることを、
否応なく突きつけられているようで。
胸の奥の鼓動が、速くなる。
逃げ場が、ない。
(……こんなの)
知らない。
こんなふうに、まっすぐに誰かに望まれることなんてーー
(……苦しい)
そう思った瞬間ーー
言葉にしきれない感情が、胸の奥に引っかかった。
嫌なわけでは、ない。
むしろーー
そうではないと、どこかでわかってしまいそうで。
けれど、それを認めてしまうということ。
ベイルの隣に立つということはーー
ただ誰かの想いに応える、ということではない。
その先にあるものを、知らないわけではなかった。
社交。家柄。立場。
かつて、自分が息苦しさを覚えた世界。
(……戻ることになる)
あそこへ。
自分が、逃げ出した場所へ。
胸の奥が、強く軋む。
けれどーー
それでも。
さっき向けられた視線を、思い出す。
迷いのない、まっすぐな眼差し。
(……ベイルの隣なら)
一瞬、そんな考えが浮かんでしまう。
その瞬間。
息が詰まった。
(……だめだ)
それを認めてしまえば、きっと、戻れなくなる。
フェリスは小さく息を吐いた。
「……わからない」
ぽつりと零れる。
自分に向けたような言葉。
ベイルは何も言わない。
その沈黙が、余計に胸に残る。
フェリスは視線を落とし、静かにナイフを取った。
それ以上、何も言えなかった。