騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 滞在最後の夜ーー内々の晩餐ーー

 燭台の灯りが、静かに卓を照らしている。

 初日と同じ卓。

 けれど、そこに流れる空気は、初日の夜とは少し違っていた。

 食事は穏やかに進んでいた。

 フェリスは銀器を手に取り、静かに料理を口元へ運ぶ。
 
 その所作は、最初に会った時よりもずっと自然でーーどこか柔らかい。

 レオニードは、その様子を杯を傾けながら眺めていた。

 初日と同じ淡い紫色の衣をまとったフェリス。

 だがーー

 その髪には、深い青の石をあしらった銀の髪飾りが留められている。

 レオニードは、ほんのわずかに目を細めた。

 (……ほう)

 わずかに、口元が緩んだ。

 初日の晩餐では、ぎこちなさがあった感じがしたが……。

 今は違う。

 同じ動きの中に、わずかな余裕とーー
 
 誰かを意識した様子が混じっている。

 視線をわずかに横へ流す。

 その先にいるのは、ベイル。

 無言で、食事をしているがーー

 時折、ほんのわずかにフェリスへ視線を向けている。

 それは、最初の夜にはなかったものだ。

 (……なるほどな)

 レオニードは小さく笑みを含む。

 ほんの刹那、思考を巡らせる。

 (……これは、思った以上だな)

 レオニードは小さく息を吐き、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 「滞在も、もう終わりなのだな」

 レオニードが穏やかに言う。

 「はい。お世話になりました」

 フェリスは静かに頭を下げた。

 「あっという間だったな……楽しめたか?」

 フェリスは小さく頷いた。

 「……良い時間でした」
 
 「それはよかった」

 レオニードは、杯をゆらりと傾けながら、くすりと笑った。

 「そういえば、今日も果実酒を用意してあるんだが、飲まないのか?」

 フェリスが、困ったように笑う。

 「……とても美味しかったのですが……初日からご迷惑をかけたようでしたので、今回は控えさせてもらいます」

 レオニードは肩をすくめる。

 「おや、そうか……それは残念だ」

 ちらりと、ベイルの方を見る。

 「なぁ……ベイル?」

 そう声をかけられ、ベイルは怪訝(けげん)そうな顔でレオニードを見る。

 「ベイルは、また離宮まで抱きかかえて運びたかっただろうに……」

 その一言にーー
 
 ベイルの手が、ぴたりと止まる。

 「……殿下」

 低く、制止の声が入るが、

 レオニードは気にした様子もなく続けた。

 「まぁ……そうなれば、今度はーー」

 ほんのわずかに間を置く。
 
 「そのまま大人しく寝かせて帰るとは、限らんか」

 楽し気な口調。

 一瞬の静寂。

 ーーカタン。

 ベイルの手元で、ナイフが皿に触れて音を立てた。

 「……っ、何を」

 咄嗟に言葉が出てこない。

 完全に調子を崩していた。

 レオニードは肩をすくめる。

 「冗談だ。気にするな」

 「気にします」

 ベイルが食い気味に、即座に返す。
 耳の奥が、赤く染まっている。

 くすくすと、レオニードが楽しそうに笑う。

 フェリスは、その様子を見て、一瞬だけきょとんとした後ーー

 (……今の……)

 意味を辿る。

 そして。

 「……っ」

 遅れて、頬に熱が上がる。

 視線を落とす。
 何も言えない。

 フェリスは、俯いたまま小さく息を吐いた。

 けれどーー
 どこか、空気は柔らいでいた。

 先ほどまで胸にあった重さが、ほんの少しだけほどける。

 ふと、無意識に髪へと触れかけてーー
 
 フェリスの指が止まる。

 深い青の石。
 静かにそこにある感触。

 その指先は、結局そのまま下ろされた。

 外すこともなく。
 ただ、そこにあるままにする。

 ベイルの視線が、ほんの一瞬だけそこに向いた。

 何も言わない。

 だが、その沈黙がーー
 
 妙に、近かった。

 燭台の灯りが揺れる。

 フェリスは、もう一度だけーー
 触れかけた自分の手を、そっと膝の上に戻した。
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