騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
翌日の午前ーー
王宮の正門前には、静かな朝の光が満ちていた。
高くそびえる門。
整えられた石畳。
その向こうには、王都へと続く道。
そして、その手前に、一台の馬車が控えている。
フェリスはその前に立っていた。
簡素な旅装に外套。
腰には剣。
髪は高い位置で一つにまとめられている。
ーーそこに飾りはない。
足音が背後から近づく。
「……準備はいいか」
低く、落ち着いた声。
フェリスは振り返る。
そこにいるのは、変わらない騎士姿のベイル。
整えられた装い。
揺るがない立ち姿。
けれどーー
(……同じじゃない)
外から見れば、何も変わっていない。
だが、踏み込み過ぎないように抑えた距離と、わずかに意識された視線ーー
ほんのわずかな違いを、感じてしまう。
「うん」
短く頷く。
それ以上、言葉は続かない。
沈黙が落ちる。
ここは、まだ王宮の内側。
けれどーー
あと一歩で、離れる。
ベイルがわずかに距離を詰めた。
「……気を付けて帰れ」
それだけだった。
簡素で、余計なものを削ぎ落した言葉。
それ以上を、あえて含ませないようにしているかのように。
それ以上を望めばーー
戻れなくなる。
「……ありがとう」
小さく頷く。
それでも、足は動かなかった。
代わりにーー
フェリスは、そっと外套の内側へ手を入れる。
取り出したのは、小さな包み。
指先が、ほんのわずかに止まる。
(……これを渡せば)
あの夜、リタから聞いて知ってしまった意味。
この色が持つもの。
軽いものでは、ない。
それでも。
フェリスは、小さく息を整えた。
そして差し出す。
「……これ」
ベイルの視線が落ちる。
「祭りの時の……同じ色だったから」
ほんのわずかに、言葉が揺れる。
そしてーー
「……あとで、開けて」
控えめな一言。
それ以上は言わない。
言葉にしてしまえば、何かが決まってしまう気がした。
ベイルは、一瞬だけその包みを見つめた。
「……あとで?」
わずかに、問い返すような響き。
だが、その意味を深く探ることはしない。
フェリスの表情を、ほんの一瞬だけ見る。
何かを隠すように、わずかに視線を伏せた横顔。
ーー察する。
「……わかった」
短く、応じる。
それ以上は問わない。
そのまま、ゆっくりと手を伸ばす。
指先が触れる。
ほんの一瞬の接触。
それだけで、互いにわずかに呼吸が揺れた。
包みを受け取る。
その重みを確かめるように。
「……大事にする」
短い言葉。
フェリスは、ほんの少しだけ顔を上げた。
一瞬だけ、ベイルを見る。
それからーー
「……うん」
小さく笑った。
ほんのわずか。
けれど、確かに向けられた笑み。
それだけで、もう十分だった。
フェリスは踵を返す。
馬車へ向かう。
御者が扉を開ける。
一瞬だけ、足が止まりかけてーー
それでも、振り返らない。
そのまま、乗り込んだ。
扉が閉まる。
乾いた音が、静かに響く。
やがて、馬車が動き出す。
その間ーー
一度も、振り返らなかった。
王宮の門を越える。
内と外が、静かに切り替わる。
そのまま、遠ざかっていく
やがて、見えなくなるまで。
ベイルは、その場を動かなかった。
手の中の包みを、ただ静かに持ったまま。
ーーどれくらい、そうしていただろうか。
ようやく、人の気配が遠のく。
朝のざわめきが、少しだけ戻ってくる。
ベイルはゆっくりと息を吐いた。
視線を落とす。
手の中の、小さな包み。
ほんのわずかに、指先に力が入る。
……開けるべきか。
一瞬だけ、迷う。
だが。
静かに、包みを開いた。
中から現れたのはーー
淡い紫のガラス石のペンダント。
光を受けて、やわらかく揺れる色。
その瞬間。
ベイルの手が、ぴたりと止まった。
視線が、石に吸い寄せられる。
淡い紫。
ーー思い出す。
あの瞳の色。
そして。
ほんの少し前に聞いた、あの言葉。
『……同じ色だったから』
呼吸が、一拍止まる。
理解が、静かに落ちてくる。
これは、偶然ではない。
選んで、渡されたものだ。
「まさか……知っていたのか」
低く、かすかな声が零れた。
誰に向けるでもない、独り言。
それが何を意味するのか……もう理解していた。
手の中の石を、もう一度見つめる。
胸の奥に、静かな熱が落ちる。
そしてーー
ふと、先ほどの一瞬がよぎる。
あの、わずかな笑み。
ベイルは、静かに息を吐いた。
そして、ペンダントをそっと握り込む。
朝の光の中。
ただ一人、静かに立ち尽くしたまま。
遠ざかった気配と、残された温もりだけが、そこに残っていた。
王宮の正門前には、静かな朝の光が満ちていた。
高くそびえる門。
整えられた石畳。
その向こうには、王都へと続く道。
そして、その手前に、一台の馬車が控えている。
フェリスはその前に立っていた。
簡素な旅装に外套。
腰には剣。
髪は高い位置で一つにまとめられている。
ーーそこに飾りはない。
足音が背後から近づく。
「……準備はいいか」
低く、落ち着いた声。
フェリスは振り返る。
そこにいるのは、変わらない騎士姿のベイル。
整えられた装い。
揺るがない立ち姿。
けれどーー
(……同じじゃない)
外から見れば、何も変わっていない。
だが、踏み込み過ぎないように抑えた距離と、わずかに意識された視線ーー
ほんのわずかな違いを、感じてしまう。
「うん」
短く頷く。
それ以上、言葉は続かない。
沈黙が落ちる。
ここは、まだ王宮の内側。
けれどーー
あと一歩で、離れる。
ベイルがわずかに距離を詰めた。
「……気を付けて帰れ」
それだけだった。
簡素で、余計なものを削ぎ落した言葉。
それ以上を、あえて含ませないようにしているかのように。
それ以上を望めばーー
戻れなくなる。
「……ありがとう」
小さく頷く。
それでも、足は動かなかった。
代わりにーー
フェリスは、そっと外套の内側へ手を入れる。
取り出したのは、小さな包み。
指先が、ほんのわずかに止まる。
(……これを渡せば)
あの夜、リタから聞いて知ってしまった意味。
この色が持つもの。
軽いものでは、ない。
それでも。
フェリスは、小さく息を整えた。
そして差し出す。
「……これ」
ベイルの視線が落ちる。
「祭りの時の……同じ色だったから」
ほんのわずかに、言葉が揺れる。
そしてーー
「……あとで、開けて」
控えめな一言。
それ以上は言わない。
言葉にしてしまえば、何かが決まってしまう気がした。
ベイルは、一瞬だけその包みを見つめた。
「……あとで?」
わずかに、問い返すような響き。
だが、その意味を深く探ることはしない。
フェリスの表情を、ほんの一瞬だけ見る。
何かを隠すように、わずかに視線を伏せた横顔。
ーー察する。
「……わかった」
短く、応じる。
それ以上は問わない。
そのまま、ゆっくりと手を伸ばす。
指先が触れる。
ほんの一瞬の接触。
それだけで、互いにわずかに呼吸が揺れた。
包みを受け取る。
その重みを確かめるように。
「……大事にする」
短い言葉。
フェリスは、ほんの少しだけ顔を上げた。
一瞬だけ、ベイルを見る。
それからーー
「……うん」
小さく笑った。
ほんのわずか。
けれど、確かに向けられた笑み。
それだけで、もう十分だった。
フェリスは踵を返す。
馬車へ向かう。
御者が扉を開ける。
一瞬だけ、足が止まりかけてーー
それでも、振り返らない。
そのまま、乗り込んだ。
扉が閉まる。
乾いた音が、静かに響く。
やがて、馬車が動き出す。
その間ーー
一度も、振り返らなかった。
王宮の門を越える。
内と外が、静かに切り替わる。
そのまま、遠ざかっていく
やがて、見えなくなるまで。
ベイルは、その場を動かなかった。
手の中の包みを、ただ静かに持ったまま。
ーーどれくらい、そうしていただろうか。
ようやく、人の気配が遠のく。
朝のざわめきが、少しだけ戻ってくる。
ベイルはゆっくりと息を吐いた。
視線を落とす。
手の中の、小さな包み。
ほんのわずかに、指先に力が入る。
……開けるべきか。
一瞬だけ、迷う。
だが。
静かに、包みを開いた。
中から現れたのはーー
淡い紫のガラス石のペンダント。
光を受けて、やわらかく揺れる色。
その瞬間。
ベイルの手が、ぴたりと止まった。
視線が、石に吸い寄せられる。
淡い紫。
ーー思い出す。
あの瞳の色。
そして。
ほんの少し前に聞いた、あの言葉。
『……同じ色だったから』
呼吸が、一拍止まる。
理解が、静かに落ちてくる。
これは、偶然ではない。
選んで、渡されたものだ。
「まさか……知っていたのか」
低く、かすかな声が零れた。
誰に向けるでもない、独り言。
それが何を意味するのか……もう理解していた。
手の中の石を、もう一度見つめる。
胸の奥に、静かな熱が落ちる。
そしてーー
ふと、先ほどの一瞬がよぎる。
あの、わずかな笑み。
ベイルは、静かに息を吐いた。
そして、ペンダントをそっと握り込む。
朝の光の中。
ただ一人、静かに立ち尽くしたまま。
遠ざかった気配と、残された温もりだけが、そこに残っていた。