騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
第二話「真実の名、偽りの婚約」
……柔らかい。
それが、最初の感覚だった。
指先に触れる布は上質で、肌に引っかかるところがない。
身体を預けているものも、沈みすぎず、しかし不自然なほど整えられている。
ゆっくりと息を吐く。
痛みはない。
拘束も感じない。
捕らえられたはずだ。
記憶は曖昧ではない。
ノクティスの手によって、この身は確かに連れ去られた。
それなのに。
そっと目を開く。
視界に入ったのは、見知らぬ天井だった。
淡い色合いの装飾は過度ではなく、だが一目で上質だと分かる。
窓から差し込む光は柔らかく、部屋全体を静かに満たしている。
静かすぎる。
生活の気配がないわけではない。だがーー
整いすぎている。
身を起こす。
その瞬間、反射的に腰へ手をやった。
ーー剣が、ない。
指先が触れるはずの重みは、どこにもなかった。
一拍。
呼吸を整える。
意識を内側へ沈めた。
ーー反応がない。
いつもなら、意識すればそこにあるはずの気配が、掴めなかった。
違和感に、視線を落とす。
手首に、見覚えのない細い装身具が嵌められていた。
金属とも宝石ともつかない鈍い光を帯び、肌にぴたりと沿っている。
反対の手首にも、同じ物。
左右対になるそれは、わずかに呼応するように、淡く光を揺らしていた。
指先で触れる。
ーー冷たい。
だが、その冷たさは一瞬だけで、すぐに体温に溶けるように馴染んだ。
まるで最初からそこにあったかのように、違和感だけが残る。
外そうと指をかける。
だが留め具らしきものは見当たらない。
わずかに力を込める。
ーーびくともしない。
(……これのせいか)
直感的に理解する。
片方だけでなく、両方。
流れを断つのではなく、閉じるためのもの。
精霊との繋がりを封じられているのは、これによるものだと。
衣服を見る。
着替えさせられている。
見覚えのない軽やかな布地が、動きに合わせてわずかに揺れた。
ゆっくりと、室内を見渡す。
扉。窓。調度品。どれもが過不足なく配置されている。
無駄がない。
(……ここは)
静かに理解する。
(最初から、“私が来る前提で整えられている”)
衣服が用意されてる理由。
調度品や家具配置が、女性用として整えられている。
すぐに生活が始められる状態。
全てが示している。
ここに“置かれる”ことを前提とした部屋だと。
立ち上がり、窓へと歩み寄る。
外は庭園だった。
手入れの行き届いた緑が広がり、遠くに人影が見える。
閉ざされた空間ではない。
空も、風も、そこにある。
鍵はーーない。
試しに扉へ手をかける。
躊躇は、しなかった。
ゆっくりと押すと、あまりにも容易く、扉は開いた。
廊下が続いている。静かで、広い。
そしてーー
「お目覚めでございますか」
背後から声がした。
振り返ると、控えめに一礼する侍女の姿がある。
驚きも、警戒も見せない、あまりにも自然な態度。
「お食事のご用意が整っております」
まるで、客人に対するそれだった。
フェリスは一瞬だけ、その顔を見つめる。
逃げ道はある。
拒絶することもできる。
ーー殺されはしない。
それは、分かっている。
けれど……。
視線を外す。
(ここは、選ばなかったはずの場所)
胸の奥に落ちる感覚は、驚きでも恐怖でもない。
ただ、静かな理解だった。
「案内をお願いします」
短く、しかし柔らかく告げる。
侍女は静かに頷いた。
廊下を歩き出す。
足音がやけに響かない。
自由に動ける。
外にも出られるだろう。
それなのにーー
(逃げられない)
そう理解していた。
ふと、脳裏に過る。
石畳の道。
あの場所。
ーー深い青の石の髪飾り。
わずかに、呼吸が止まる。
(……まだ)
何も、決めれていない。
すぐに、その思考を切り捨てた。
これは拘束ではない。
だがーー
囚われている。
見えない檻の中を歩きながら、フェリスはただ静かに前を見据えた。
それが、最初の感覚だった。
指先に触れる布は上質で、肌に引っかかるところがない。
身体を預けているものも、沈みすぎず、しかし不自然なほど整えられている。
ゆっくりと息を吐く。
痛みはない。
拘束も感じない。
捕らえられたはずだ。
記憶は曖昧ではない。
ノクティスの手によって、この身は確かに連れ去られた。
それなのに。
そっと目を開く。
視界に入ったのは、見知らぬ天井だった。
淡い色合いの装飾は過度ではなく、だが一目で上質だと分かる。
窓から差し込む光は柔らかく、部屋全体を静かに満たしている。
静かすぎる。
生活の気配がないわけではない。だがーー
整いすぎている。
身を起こす。
その瞬間、反射的に腰へ手をやった。
ーー剣が、ない。
指先が触れるはずの重みは、どこにもなかった。
一拍。
呼吸を整える。
意識を内側へ沈めた。
ーー反応がない。
いつもなら、意識すればそこにあるはずの気配が、掴めなかった。
違和感に、視線を落とす。
手首に、見覚えのない細い装身具が嵌められていた。
金属とも宝石ともつかない鈍い光を帯び、肌にぴたりと沿っている。
反対の手首にも、同じ物。
左右対になるそれは、わずかに呼応するように、淡く光を揺らしていた。
指先で触れる。
ーー冷たい。
だが、その冷たさは一瞬だけで、すぐに体温に溶けるように馴染んだ。
まるで最初からそこにあったかのように、違和感だけが残る。
外そうと指をかける。
だが留め具らしきものは見当たらない。
わずかに力を込める。
ーーびくともしない。
(……これのせいか)
直感的に理解する。
片方だけでなく、両方。
流れを断つのではなく、閉じるためのもの。
精霊との繋がりを封じられているのは、これによるものだと。
衣服を見る。
着替えさせられている。
見覚えのない軽やかな布地が、動きに合わせてわずかに揺れた。
ゆっくりと、室内を見渡す。
扉。窓。調度品。どれもが過不足なく配置されている。
無駄がない。
(……ここは)
静かに理解する。
(最初から、“私が来る前提で整えられている”)
衣服が用意されてる理由。
調度品や家具配置が、女性用として整えられている。
すぐに生活が始められる状態。
全てが示している。
ここに“置かれる”ことを前提とした部屋だと。
立ち上がり、窓へと歩み寄る。
外は庭園だった。
手入れの行き届いた緑が広がり、遠くに人影が見える。
閉ざされた空間ではない。
空も、風も、そこにある。
鍵はーーない。
試しに扉へ手をかける。
躊躇は、しなかった。
ゆっくりと押すと、あまりにも容易く、扉は開いた。
廊下が続いている。静かで、広い。
そしてーー
「お目覚めでございますか」
背後から声がした。
振り返ると、控えめに一礼する侍女の姿がある。
驚きも、警戒も見せない、あまりにも自然な態度。
「お食事のご用意が整っております」
まるで、客人に対するそれだった。
フェリスは一瞬だけ、その顔を見つめる。
逃げ道はある。
拒絶することもできる。
ーー殺されはしない。
それは、分かっている。
けれど……。
視線を外す。
(ここは、選ばなかったはずの場所)
胸の奥に落ちる感覚は、驚きでも恐怖でもない。
ただ、静かな理解だった。
「案内をお願いします」
短く、しかし柔らかく告げる。
侍女は静かに頷いた。
廊下を歩き出す。
足音がやけに響かない。
自由に動ける。
外にも出られるだろう。
それなのにーー
(逃げられない)
そう理解していた。
ふと、脳裏に過る。
石畳の道。
あの場所。
ーー深い青の石の髪飾り。
わずかに、呼吸が止まる。
(……まだ)
何も、決めれていない。
すぐに、その思考を切り捨てた。
これは拘束ではない。
だがーー
囚われている。
見えない檻の中を歩きながら、フェリスはただ静かに前を見据えた。