騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 王宮の一角。
 レオニード王子の執務室。

 高い天井。
 壁一面の書架。
 整然と積まれた書類。

 そしてーー窓辺に広げられた、大きな地図。

 陽の光が、静かに差し込んでいる。

 レオニード王子は机の端に腰を預け、指先で紙の端を軽く叩いた。

 「さて」

 「ここからは、遊びでは済まない」

 ベイルは何も言わず、机の向かいに立つ。

 その隣には、静かに佇むシャオ・ウェン。

 薄灰色の衣が、室内の光をやわらかく受けている。

 レオニードは視線を地図へ落とした。

 「ノクティス邸はここだ」

 指先が、ゼルドレイン帝国帝都近郊の一点を示す。

 「フェリス嬢は、ここに居るのだな?」

 レオニードが、シャオ・ウェンへと視線を向ける。

 「おそらく……」
 
 レオニードは続ける。

 「邸宅の内部構造は?」

 「大まかな配置は把握していますが、詳細までは」

 「ですが……フェリスは客人として扱われている可能性が高いかと」

  レオニードの目が細められる。

 「……拘束はない、と?」

 「厳重な監視下にはあるはずですが……」

 静かな分析。

 「なぜ、そう思うのです?……もしや何かご存じなのか?」

 シャオ・ウェンは視線を落とし、
 次の瞬間、ほんのわずかにベイルへ目を向ける。

 静かに息を落とした。
 
 一拍。

 「フェリス……いえ……」

 わずかに言葉を選びーー

 「セレスティア・ルヴェールお嬢様は、社交界に出る前から、ノクティスに“望まれて”おりました」

 レオニードの指が、わずかに止まる。

 「……フェリスの名は、本来の名ではなかったのか」

 「“望まれて”というのは……婚姻か」

 「ええ」

 静かな肯定。

 ベイルの指先が、わずかに強く握られた。

 (……そういうことか)

 視線は落としたまま。

 だが、呼吸が、ほんのわずかに深くなる。

 「……」

 「……ルヴェール伯爵家」

 レオニードが、わずかに目を細める。

 「社交界に出る前の……令嬢が事故死した、と聞いたことがある」

 一拍。

 「……確か、そんな話だったはずだ」

 
 シャオ・ウェンの沈黙が、わずかに長くなる。

 「ですがーーそれは、彼女を守るための偽装」

 そこで、初めて声にごく僅かな重みが落ちる。

 「そして……ルヴェールは、養家の名」

 一拍。
 
 ベイルの視線が、ゆっくりと上がる。
 
 「本来の御名はーー。」

 「……セレスティア・イル・エルランド」

 わずかな間。

 ーーその名が、落ちる。
 
 誰も、すぐには言葉を継がなかった。

 理解が、わずかに遅れて、胸の奥へ沈んでいく。

 シャオ・ウェンは続ける。

 「……ノクティスが、彼女の“血”と“力”を手に入れる為の、契約……婚姻を望む理由です」

 わずかな間を置いて、それぞれが、ようやく現実を見直すように息をつく。 

 「……なるほどな」

 レオニードが、考えるように顎に手を当てる。

 「……エルランド……古い血統だな」
 
 レオニードの言葉に、シャオ・ウェンは静かに頷く。

 「そして……直系が継ぐ“イル”の名が入るのか」

 レオニードの言葉に、シャオ・ウェンは静かに首を振った。

 「……“イル”は、血筋だけで受け継がれる名ではありません」

 一拍。
 
 「……エルランド家の特異な資質を、色濃く受け継いだ者にのみ、与えられる名です」

 短い沈黙。

 やがて、レオニードが低く呟く。
 
 「……聞いたことがある」

 短く息を落とす。

 「精霊に近い血だ」
 
 一拍。
 
 「……神殿が放っておかない類のな」
 
 沈黙。

 ベイルは、何も言わなかった。

 ただ、ゆっくりと息を吐く。

 理解はしている。
 
 その“価値”も、狙われる理由も。

 ーーだからこそ。

 「……つまり」
 
 低く、押し殺した声。
 
 「最初から、“人として”見ていないということか」

 言葉が落ちた、その瞬間ーー

 (……あれは)

 思考が、静かに繋がっていく。

 (……そういう、ことか) 

 理解は、できてしまう。

 あの時のフェリスの姿が、脳裏に浮かぶーー

 白銀の髪。

 漆黒の瞳。

 あの、どこか現実から切り離されたようなーー

 軽々しく触れてはいけない領域の、存在のようでーー

 胸の奥に、説明のつかない違和感だけが残る。

 べイルの指先が、わずかに強く握られる。

 
 完全な理解ではない。

 だが、

 “理由”としては、あまりにも腑に落ちてしまう。

 その事実が、かえって胸に重く沈んだ。
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