騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
扉の向こうで、控えめな足音が止まった。
扉が開く。
現れたフェリスの姿に、わずかに空気が変わる。
淡い銀を帯びた衣は、過度な装飾を持たない。
だが、その質の良さは一目で知れた。
柔らかな布地が、音もなく揺れる。
首元は詰められ、肌の露出は最小限。
手首まで覆う袖は、わずかに細く、動きを制限するほどではないがーー自由でもない。
髪は丁寧に整えられている。
だが、社交の場に出るような華やかさはなく、ただ静かに流されていた。
飾りは、ほとんどない。
そこにあるのは、美しさではなくーー
“整えられた状態”だった。
フェリスは、一歩踏み出した。
ーーそして、止まる。
視線の先。
その姿を、認識するまでに、わずかな時間がかかる。
「……ベイル……?」
零れた声。
いるはずのない人物。
ここに来るはずのない人。
思考が、追いつかない。
視線が合う。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ、呼吸が乱れる。
思わず、零れた名。
その声を、ノクティスがすくいあげた。
「……確かに、存じているようだな」
「貴女の、婚約者だと伺った」
軽く、投げるように、試す声音。
フェリスの指先が、わずかに強張る。
(……婚約者?)
ほんのわずか。
だが、ベイルは見逃さない。
フェリスへ歩み寄る。
「遅くなってすまない」
「ーー迎えに来た……セレスティア」
そっと、手を差し出す。
それを聞き、フェリスの目が大きく開く。
なぜ。
どうして、その名をーー
視線が、揺れる。
ベイルを見る。
確かめるように。
疑うように。
差し出された手。
ほんのわずかに、ためらう。
触れていいのか。
この手を取って、本当に戻れるのか。
一瞬だけ、そんな迷いがよぎる。
だがーー
理解が、追いつく。
(……ああ)
すべてを知った上で、迎えに来てくれたのだと理解する。
胸の奥で、何かがほどける。
遅れて、感情が流れ込む。
安堵。
戸惑い。
それからーー
抑えきれないほどの、熱。
その目には涙が滲む。
「……お待ち、申し上げておりました」
その声はかすかに震えていた。
差し出された手に、そっと、自らの手を重ねた。
その瞬間。
確かな温もりが、伝わる。
強くはない。
だが、逃がさない。
包み込むように、指が絡む。
ノクティスは、そのやり取りを黙って見ていた。
「……なるほど」
ノクティスは、ゆっくりと立ち上がる。
フェリスへと歩み寄る。
視線を落とし、その手首へ。
嵌められた腕輪に、指先が触れる。
「過剰な備えは、無用のようだ」
静かな声。
次の瞬間ーー
かすかな音とともに、拘束が解かれる。
一つ。
そしてもう一つ。
外されたそれを、ノクティスは手の中で軽く弄び、卓上に置いた。
「お返ししよう」
視線が、ベイルへ向く。
「ーー大切なもの、なのだろう?」
ほんのわずか、その言い方にだけ、温度がなかった。
一瞬の、静寂。
ベイルは視線を逸らさない。
重ねたままの手に、わずかに力がこもる。
「……無論です」
静かに、だが一切の迷いなく言い切る。
ノクティスの目が、わずかに細められる。
何かを測るように。
だが、すぐに興味を失ったように視線を外した。
「……ありがとうございました」
フェリスは、静かに裾をつまむ。
深くはない。
だが、形として整えられた礼。
それ以上でも、以下でもない距離を保つように。
フェリスの言葉に、ノクティスは何も返さない。
ただ、静かに見ている。
二人の手が重なったまま、離れていくのを。
やがてーー
「……また会おう」
小さく、落とすように呟いた。
引き止めることはしない。
それでも、その一言だけが
この場に、確かに残った。
ベイルの足は止まらない。
振り返りもしない。
ただー
わずかに、握る手に力がこもる。
それだけで、十分だった。
その声音に応じる価値はないと、そう判断したように。
フェリスを伴い、扉へと向かう。
二人の足音が、遠ざかっていく。
扉が閉じる。
静寂。
ノクティスは、しばらくその場を動かなかった。
やがて、ゆっくりと視線を落とす。
卓上に残された腕輪。
それを指先で転がす。
かすかな音。
「……三年」
「人目を避け、息を潜めていたはずの時間だ」
一拍。
「それがーー王家に繋がり、あの男に辿り着くとは」
わずかに、目を細める。
「……これは、想定外だな」
独りごちる。
腕輪が、卓上で小さく音を立てた。
それだけが、部屋に残った。
扉が開く。
現れたフェリスの姿に、わずかに空気が変わる。
淡い銀を帯びた衣は、過度な装飾を持たない。
だが、その質の良さは一目で知れた。
柔らかな布地が、音もなく揺れる。
首元は詰められ、肌の露出は最小限。
手首まで覆う袖は、わずかに細く、動きを制限するほどではないがーー自由でもない。
髪は丁寧に整えられている。
だが、社交の場に出るような華やかさはなく、ただ静かに流されていた。
飾りは、ほとんどない。
そこにあるのは、美しさではなくーー
“整えられた状態”だった。
フェリスは、一歩踏み出した。
ーーそして、止まる。
視線の先。
その姿を、認識するまでに、わずかな時間がかかる。
「……ベイル……?」
零れた声。
いるはずのない人物。
ここに来るはずのない人。
思考が、追いつかない。
視線が合う。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ、呼吸が乱れる。
思わず、零れた名。
その声を、ノクティスがすくいあげた。
「……確かに、存じているようだな」
「貴女の、婚約者だと伺った」
軽く、投げるように、試す声音。
フェリスの指先が、わずかに強張る。
(……婚約者?)
ほんのわずか。
だが、ベイルは見逃さない。
フェリスへ歩み寄る。
「遅くなってすまない」
「ーー迎えに来た……セレスティア」
そっと、手を差し出す。
それを聞き、フェリスの目が大きく開く。
なぜ。
どうして、その名をーー
視線が、揺れる。
ベイルを見る。
確かめるように。
疑うように。
差し出された手。
ほんのわずかに、ためらう。
触れていいのか。
この手を取って、本当に戻れるのか。
一瞬だけ、そんな迷いがよぎる。
だがーー
理解が、追いつく。
(……ああ)
すべてを知った上で、迎えに来てくれたのだと理解する。
胸の奥で、何かがほどける。
遅れて、感情が流れ込む。
安堵。
戸惑い。
それからーー
抑えきれないほどの、熱。
その目には涙が滲む。
「……お待ち、申し上げておりました」
その声はかすかに震えていた。
差し出された手に、そっと、自らの手を重ねた。
その瞬間。
確かな温もりが、伝わる。
強くはない。
だが、逃がさない。
包み込むように、指が絡む。
ノクティスは、そのやり取りを黙って見ていた。
「……なるほど」
ノクティスは、ゆっくりと立ち上がる。
フェリスへと歩み寄る。
視線を落とし、その手首へ。
嵌められた腕輪に、指先が触れる。
「過剰な備えは、無用のようだ」
静かな声。
次の瞬間ーー
かすかな音とともに、拘束が解かれる。
一つ。
そしてもう一つ。
外されたそれを、ノクティスは手の中で軽く弄び、卓上に置いた。
「お返ししよう」
視線が、ベイルへ向く。
「ーー大切なもの、なのだろう?」
ほんのわずか、その言い方にだけ、温度がなかった。
一瞬の、静寂。
ベイルは視線を逸らさない。
重ねたままの手に、わずかに力がこもる。
「……無論です」
静かに、だが一切の迷いなく言い切る。
ノクティスの目が、わずかに細められる。
何かを測るように。
だが、すぐに興味を失ったように視線を外した。
「……ありがとうございました」
フェリスは、静かに裾をつまむ。
深くはない。
だが、形として整えられた礼。
それ以上でも、以下でもない距離を保つように。
フェリスの言葉に、ノクティスは何も返さない。
ただ、静かに見ている。
二人の手が重なったまま、離れていくのを。
やがてーー
「……また会おう」
小さく、落とすように呟いた。
引き止めることはしない。
それでも、その一言だけが
この場に、確かに残った。
ベイルの足は止まらない。
振り返りもしない。
ただー
わずかに、握る手に力がこもる。
それだけで、十分だった。
その声音に応じる価値はないと、そう判断したように。
フェリスを伴い、扉へと向かう。
二人の足音が、遠ざかっていく。
扉が閉じる。
静寂。
ノクティスは、しばらくその場を動かなかった。
やがて、ゆっくりと視線を落とす。
卓上に残された腕輪。
それを指先で転がす。
かすかな音。
「……三年」
「人目を避け、息を潜めていたはずの時間だ」
一拍。
「それがーー王家に繋がり、あの男に辿り着くとは」
わずかに、目を細める。
「……これは、想定外だな」
独りごちる。
腕輪が、卓上で小さく音を立てた。
それだけが、部屋に残った。