騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 自室に入った途端、ベイルは深く息を吐いた。

 抑えていたものが、一気にほどける。

 (……意識しすぎている)

 腕の中の感触が、まだ残っている。

 細い肩。
 乱れた呼吸。
 触れたままの距離で感じた、微かな甘い香り。

 「……これで、距離が取れる」

 そうでなければ、
 あの感触を、振り払えなくなる。

 目を閉じる。

 (……彼女を、ノクティスに奪われるかもしれなかった)

 それを思うと、胸の奥が軋む。

 (俺はーー)

 言葉には、しない。

 できない。

 ただ一つだけ、はっきりしている。

 (今はこれ以上、踏み込むべきではない)

 守るためにも。

 彼女のためにも。

 そしてーー

 (自分のためにも)

 (……待つと決めたはずだ)

 しばしの沈黙。

 やがて、ゆっくりと息を吐き出した。

 肩の力が抜ける。

 騎士服を脱ぎ、軽いシャツ一枚のままベッドへ横たわる。

 そのまま、無意識に胸元へ手をやった。

 布越しに触れる、小さな硬質の感触。

 素肌に近い位置にあるそれが、やけに意識に残る。

 淡い紫色のガラス石のペンダントーー

 指先に力がこもる。

 取り出すことはしない。

 ただ、そこにあることを確かめるように、静かに握りしめる。

 淡く冷たいはずのそれはーー

 先ほど腕の中にあった温もりを、まだ微かに残しているような気がした。
  
< 73 / 87 >

この作品をシェア

pagetop