騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
馬車の前で、ベイルは足を止めた。
一瞬だけ、フェリスを見る。
ーー手を差し出しかけて。
止めた。
代わりに、わずかに身を引く。
「……先に」
短く促す。
フェリスは、その仕草を一瞬だけ見てーー
何も言わず、馬車に足をかけた。
ベイルは、すぐ後ろに続く。
手は触れないまま。
馬車の扉が閉まる。
外の音が、遠のいた。
向かい合う座席。
ベイルは、迷いなく窓際に腰を下ろす。
フェリスも向かいに座り、わずかに視線を上げる。
一瞬、目が合う。
ーーすぐに、逸れた。
沈黙。
規則的に揺れる車輪の音だけが、やけに大きく響いている。
フェリスは、膝の上で指先をわずかに組み、ほどいて、また組み直した。
「……あの」
小さく呼ぶ。
ベイルは、すぐには応じない。
それでも、フェリスは続けた。
「……もう、知ってるんだよね」
視線は落としたまま。
指先が、わずかに組み合わさる。
ベイルは、一瞬だけ視線を動かす。
ーー伏せられていた名。
隠されていた身分。
ーー隠していたものの意味を、理解している。
「……ああ」
沈黙。
わずかな間。
フェリスは視線を伏せたまま、指先を強く組み直す。
一度、息を整えるように小さく吐いてーー
「……黙っていて、ごめん」
声は、思っていたよりも小さく落ちた。
ベイルが、視線だけを向ける。
「……気にする必要はない」
一拍。
「……無事であれば、それでいい」
フェリスの瞳が、わずかに見開かれる。
言葉が、すぐには出てこない。
胸の奥に、何かが静かに落ちる。
「……ありがとう」
そう言ったあとも、視線は上げられなかった。
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
ーー昨日。
強く、抱き締められた。
逃がさないように。
確かめるように。
あれほど近かったのに。
それなのに、今日はーー
触れてこない。
距離を保ったまま。
(……どうして)
理由が、わからない。
近いのも、分からなかった。
遠いのも、分からない。
どちらも、同じくらいーー
戸惑う。
こんな風に、何も変わらない顔で受け止められるとは、思っていなかった。
ふと、視線が上がる。
向かい側。
ベイルは、窓の外を見ている。
その横顔は、何も変わらない。
こちらを気にする様子もない。
(……なんで)
わずかに、眉が寄る。
(……どうして、何も言わないの)
触れられそうで、触れられない。
昨日とは、違う距離。
その距離がーー
ほんの少しだけ、気になった。
フェリスは、気づかないまま、もう一度だけ、そっと視線を向ける。
すぐに、逸らした。
胸の奥が、わずかに落ち着かない。
その理由には、まだ気づかないまま。
馬車は、揺れを保ったまま進んでいく。
王都オルディナへとーー
一瞬だけ、フェリスを見る。
ーー手を差し出しかけて。
止めた。
代わりに、わずかに身を引く。
「……先に」
短く促す。
フェリスは、その仕草を一瞬だけ見てーー
何も言わず、馬車に足をかけた。
ベイルは、すぐ後ろに続く。
手は触れないまま。
馬車の扉が閉まる。
外の音が、遠のいた。
向かい合う座席。
ベイルは、迷いなく窓際に腰を下ろす。
フェリスも向かいに座り、わずかに視線を上げる。
一瞬、目が合う。
ーーすぐに、逸れた。
沈黙。
規則的に揺れる車輪の音だけが、やけに大きく響いている。
フェリスは、膝の上で指先をわずかに組み、ほどいて、また組み直した。
「……あの」
小さく呼ぶ。
ベイルは、すぐには応じない。
それでも、フェリスは続けた。
「……もう、知ってるんだよね」
視線は落としたまま。
指先が、わずかに組み合わさる。
ベイルは、一瞬だけ視線を動かす。
ーー伏せられていた名。
隠されていた身分。
ーー隠していたものの意味を、理解している。
「……ああ」
沈黙。
わずかな間。
フェリスは視線を伏せたまま、指先を強く組み直す。
一度、息を整えるように小さく吐いてーー
「……黙っていて、ごめん」
声は、思っていたよりも小さく落ちた。
ベイルが、視線だけを向ける。
「……気にする必要はない」
一拍。
「……無事であれば、それでいい」
フェリスの瞳が、わずかに見開かれる。
言葉が、すぐには出てこない。
胸の奥に、何かが静かに落ちる。
「……ありがとう」
そう言ったあとも、視線は上げられなかった。
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
ーー昨日。
強く、抱き締められた。
逃がさないように。
確かめるように。
あれほど近かったのに。
それなのに、今日はーー
触れてこない。
距離を保ったまま。
(……どうして)
理由が、わからない。
近いのも、分からなかった。
遠いのも、分からない。
どちらも、同じくらいーー
戸惑う。
こんな風に、何も変わらない顔で受け止められるとは、思っていなかった。
ふと、視線が上がる。
向かい側。
ベイルは、窓の外を見ている。
その横顔は、何も変わらない。
こちらを気にする様子もない。
(……なんで)
わずかに、眉が寄る。
(……どうして、何も言わないの)
触れられそうで、触れられない。
昨日とは、違う距離。
その距離がーー
ほんの少しだけ、気になった。
フェリスは、気づかないまま、もう一度だけ、そっと視線を向ける。
すぐに、逸らした。
胸の奥が、わずかに落ち着かない。
その理由には、まだ気づかないまま。
馬車は、揺れを保ったまま進んでいく。
王都オルディナへとーー