騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 扉が、軽やかに叩かれた。

 コン、コン、と小気味の良い音。

 「失礼いたします」

 静かに開いた扉の向こうから、見慣れた女性が一歩踏み入る。

 その姿を認めた瞬間、フェリスはわずかに目を見開いた。

 「……リタ」

 呼ばれた名に、彼女は一瞬だけ表情を(ほころ)ばせる。

 けれどすぐに、それを整えーー

 ゆっくりと、深く一礼した。

 「お久しぶりでございます、フェリ……では、ありませんでしたね……セレスティア様」

 落ち着いた声音。

 だが、その奥にある喜びは隠しきれていない。

 「本日より、セレスティア様付き侍女としてお仕えいたします。リタでございます」

 丁寧な所作は、以前よりも洗練されていた。

 フェリスは、その変化を見つめてからーー小さく頷く。

 「……久しぶり、だね」

 言葉は短い。

 けれど、わずかに柔らいでいる。

 リタは顔を上げ、ふっと微笑んだ。

 「はい。お変わりなくて、安心いたしました」

 一拍置いて、

 「こうして、正式にお仕えできること……とても嬉しく思っております」

 真っ直ぐな言葉だった。

 飾りはない。

 フェリスは、その視線を受け止めてーー

 「……私も、リタが専属侍女になってくれて、心強いよ」

 静かに返した。

 空気が、少しだけ緩む。

 リタが口元に手を当て、小さく笑みを漏らした。

 「……それにしても、ベイル様とご婚約されたと伺いました」

 「おめでたいお話ですわ」

 フェリスの頬が、わずかに赤く染まる。

 「……ありがとう」

 「……でも、正直……気持ちがまだ、追いつかなくて」

 フェリスが、困ったように笑った。

 だが、次の瞬間。

 リタはふっと表情を和らげた。

 「ご安心ください」

 声が少しだけ柔らかくなる。

 「セレスティア様が無理なく“その場に立てるように”整えるのが、私の役目ですので」

 その言葉は、先ほどよりも少し近い距離で響いた。

 そして、軽く息を整えてからーー

 「……とはいえ」

 ほんのわずかに、笑みを浮かべる。

 「やるべきことは多いですので」
 
 少しだけ、いつもの調子が戻る。

 「遠慮なく、しっかり務めさせていただきます」

 控えめながらも、芯のある言い方だった。

 フェリスは、その姿を見つめてからーー

 小さく頷く。

 「……お願いします」

 短い言葉。

 だが、確かな意思がこもっている。
 
 「お任せください」

 リタは迷いなく答えた。

 その声は明るく、しかし落ち着いていた。

 「それでは、まずは……そのお姿から本来の、ご令嬢のお姿へとお召替え致しましょうか」
 
 こうして。

 新たな日常が、静かに動き始める。

 フェリスは、ほんのわずかに息を吐く。

 (……始まる)

 逃げて生きてきた時間の、その先で。

 今度は逃げ場のない場所で。

 それでもーー

 自分の足で、立つための時間が。

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