騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
少女とベイルの視線が交わる。
言葉はなく、ただ互いの存在を確認するだけの、静かで重い瞬間。
ベイルの胸はざわめき、思わず視線を逸らしかけるが、少女の瞳から目が離せない。
少女は、声の主の姿をとらえると、みるみる顔を赤くし、慌てて両手で体を隠し、背を向けた。
その一瞬の隙に、少女の衣服を加えたままユニコーンは木々の間へ消えたーー。
残された静寂。
「……こほん……」
その静寂を破るように、レオニードがわざとらしく咳払いをする。
続けて、半ば呆れた表情で言った。
「それで?……騎士殿は、どのように責任を取るおつもりで?」
自分がとっさに声をあげてしまったことで、少女を辱めてしまうことになってしまった。
……言いようのない罪悪感がこみ上げてくる。
ベイルは自分が身に着けている、マントを脱ぐと、息を整えて、少女との距離を慎重に詰め、マントを投げ渡せる位置まで近づく。
「すまなかった……代わりにこれを……」
マントは風を切って舞い、ふわりと少女が手を伸ばせば届く位置に落ちた。
少女は、ひとこと
「……ありがとう」
とつぶやくと、背を向けたまま手を伸ばして、マントを手繰り寄せた。
少女は、マントで体を覆うと、少しだけ安心した様子がうかがえた。
……パチ、パチ、パチ……。
「流石、紳士の鏡ですな。ベイル君は」
レオニードは拍手をしながらくすりと笑い、茶化すように言った。
ベイルの頬が思わず赤くなる。視線をそらしながらも、胸の奥の苛立ちが押し寄せ、吐き出すようにつぶやいた。
「……やかましい」
少女はマントを纏い、湖畔の岩陰へ歩み寄る。
すると、そこに置かれていた剣を、迷いなく手に取った。
その瞬間、ベイルの呼吸が止まった。
細い指が柄を包み込む。
力みもなく、無駄もない。
まるで長年、共にあったかのような自然な所作。
ーー剣を……携えている?
女性が剣を持つこと自体が珍しいわけではない。
だが、その構え、その重心の置き方は、ただの護身用ではない。
脳裏に、あの日の光景が蘇る。
龍の前に立ちはだかった影。
空を裂いた一閃。
胸の奥がざわつく。
まさかーーこの少女が。
ベイルは無意識に一歩踏み出しかけて、はっと我に返る。
動揺を悟られてはならない。
ゆっくりと息を吸い込み、表情を整える。
「……その剣」
声がわずかに低くなる。
「護身用にしては、随分と手慣れているように見えるが」
ベイルの声は落ち着いていた。
だが、その鋼色の瞳の奥には、探るような鋭さが宿っている。
「君は……どこで、それを学んだ?」
問いは穏やかだが、明確だった。
少女は剣を握ったまま、ゆっくりと振り向く。
夕光が横顔を縁取り、濡れた灰銀色の髪の隙間から霞を帯びた淡い紫の瞳の静かな眼差しがのぞく。
先ほどまでの赤面は、もうない。
代わりにあるのはーー警戒。
少女は数歩、距離を測るように立ち位置を変えた。
そして、淡々と口を開く。
「……それを聞いてどうするの?」
静かな声だった。
だが芯がある。
「旅の騎士が、見知らぬ娘の剣の由来を気にする理由は?」
逆に問われ、ベイルの胸がわずかに詰まる。
まるで刃をむけられたような感覚だった。
レオニードが小さく息を吐く。
「おやおや……これは手強い」
ベイルは一瞬、言葉を失う。
だがすぐに視線を逸らさず、真正面から受け止めた。
この少女はーーただ者ではない。
その確信が、胸の奥で静かに形を持ち始めていた。