騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
静かな空気が、穏やかに落ち着いていく。
ベイルは、そのままカップに手を伸ばす。
縁に触れた指先。
持ち上げかけた、その動きの中でーー
ふと、視界の端に光が揺れた。
フェリスの髪。
きちんとまとめられたその一房に、銀の細工が添えられている。
控えめな装飾。
だが、その中心に嵌め込まれた石が、わずかに光を返した。
ーー深い色。
見慣れた色。
(……それ)
一瞬、思考が止まる。
あの時、渡したものだ。
何気ない形で手に取らせた、小さな髪留め。
ほんのわずかに、目を細める。
「……それ、つけてるのか」
静かな声。
フェリスが、一瞬だけ動きを止めた。
「……え?」
問い返すように視線を向けた、その時。
ベイルの視線が、ふとフェリスの髪へと向いた。
一瞬のこと。
フェリスの意識もまた、つられるように、自分の髪へと向く。
ーーそこにあるものを、思い出す。
指先が、迷うように持ち上がる。
触れていいのか、一瞬だけためらってーー
そっと、髪留めに触れた。
小さな金属の感触。
「……はい」
小さく答える。
それから、ほんのわずかに間を置いて。
「いただいたものですから」
整った、令嬢としての返答。
けれどーー
ほんの少しだけ、視線が落ちた。
ほんの少しだけ、声が柔らかい。
ベイルは、それ以上は何も言わない。
ただ一度、短く息を吐く。
そして、ほんの少しだけ迷ってから。
ベイルは口を開いた。
「……俺も、ある」
フェリスが視線を向ける。
「ある、とは……?」
短く間を置いて。
ベイルは襟元へ手をやった。
布越しに、内側を探る。
指先が細い鎖をを捉え、ゆっくりと引き出した。
淡い紫のガラス石が、光を受けて揺れる。
「……もらっただろう」
低い声。
「王都から、発つ日に」
フェリスの視線が、ぴたりと止まる。
ーーそれ。
知っている。
自分が、渡したものだ。
あの時。
意味を聞いて、少し迷ってーー
それでも手放したもの。
胸の奥が、かすかに揺れる。
(……身につけている)
それも。
外からは見えない場所に。
視線が、石から離れない。
ベイルの手の中で、淡く揺れている。
(……)
考えかけて、止まる。
それが、軽いものではないことくらいは、分かる。
粗末に扱っていないことも、伝わる。
だからーー
その先を、考えようとして。
やめた。
「普段は、内側に入れている」
ベイルの声が、静かに落ちる。
「見える場所だと……落とすかもしれない」
フェリスは、わずかに息を呑んだ。
(……たぶん、ベイルの言葉の意味は)
それだけではない。
そんな気がする。
けれどーー
それを言葉にできるほど、はっきりとは掴めない。
胸の奥が、少しだけ落ち着かなくなる。
指先が、わずかに動く。
喉の奥で、言葉が止まる。
少し遅れて、ようやく声になる。
「……そう、ですか」
静かな返答。
けれど、ほんのわずかに揺れていた。
ベイルは、それ以上何も言わない。
鎖を内側へ戻す。
光が、布の奥に消える。
フェリスは、それを目で追うことしかできなかった。
(……)
胸の奥に残る、かすかな熱。
名前をつけるには、まだ早い気がした。
だからーー
フェリスは背筋を伸ばす。
いつものように、整えて座る。
それ以上は、何も言わなかった。
ベイルは、そのままカップに手を伸ばす。
縁に触れた指先。
持ち上げかけた、その動きの中でーー
ふと、視界の端に光が揺れた。
フェリスの髪。
きちんとまとめられたその一房に、銀の細工が添えられている。
控えめな装飾。
だが、その中心に嵌め込まれた石が、わずかに光を返した。
ーー深い色。
見慣れた色。
(……それ)
一瞬、思考が止まる。
あの時、渡したものだ。
何気ない形で手に取らせた、小さな髪留め。
ほんのわずかに、目を細める。
「……それ、つけてるのか」
静かな声。
フェリスが、一瞬だけ動きを止めた。
「……え?」
問い返すように視線を向けた、その時。
ベイルの視線が、ふとフェリスの髪へと向いた。
一瞬のこと。
フェリスの意識もまた、つられるように、自分の髪へと向く。
ーーそこにあるものを、思い出す。
指先が、迷うように持ち上がる。
触れていいのか、一瞬だけためらってーー
そっと、髪留めに触れた。
小さな金属の感触。
「……はい」
小さく答える。
それから、ほんのわずかに間を置いて。
「いただいたものですから」
整った、令嬢としての返答。
けれどーー
ほんの少しだけ、視線が落ちた。
ほんの少しだけ、声が柔らかい。
ベイルは、それ以上は何も言わない。
ただ一度、短く息を吐く。
そして、ほんの少しだけ迷ってから。
ベイルは口を開いた。
「……俺も、ある」
フェリスが視線を向ける。
「ある、とは……?」
短く間を置いて。
ベイルは襟元へ手をやった。
布越しに、内側を探る。
指先が細い鎖をを捉え、ゆっくりと引き出した。
淡い紫のガラス石が、光を受けて揺れる。
「……もらっただろう」
低い声。
「王都から、発つ日に」
フェリスの視線が、ぴたりと止まる。
ーーそれ。
知っている。
自分が、渡したものだ。
あの時。
意味を聞いて、少し迷ってーー
それでも手放したもの。
胸の奥が、かすかに揺れる。
(……身につけている)
それも。
外からは見えない場所に。
視線が、石から離れない。
ベイルの手の中で、淡く揺れている。
(……)
考えかけて、止まる。
それが、軽いものではないことくらいは、分かる。
粗末に扱っていないことも、伝わる。
だからーー
その先を、考えようとして。
やめた。
「普段は、内側に入れている」
ベイルの声が、静かに落ちる。
「見える場所だと……落とすかもしれない」
フェリスは、わずかに息を呑んだ。
(……たぶん、ベイルの言葉の意味は)
それだけではない。
そんな気がする。
けれどーー
それを言葉にできるほど、はっきりとは掴めない。
胸の奥が、少しだけ落ち着かなくなる。
指先が、わずかに動く。
喉の奥で、言葉が止まる。
少し遅れて、ようやく声になる。
「……そう、ですか」
静かな返答。
けれど、ほんのわずかに揺れていた。
ベイルは、それ以上何も言わない。
鎖を内側へ戻す。
光が、布の奥に消える。
フェリスは、それを目で追うことしかできなかった。
(……)
胸の奥に残る、かすかな熱。
名前をつけるには、まだ早い気がした。
だからーー
フェリスは背筋を伸ばす。
いつものように、整えて座る。
それ以上は、何も言わなかった。