騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
夜明け前の空気は、まだ冷たい。
離宮の庭は静まり返り、東の空だけがわずかに白んでいる。
フェリスは一人、庭の端に立っていた。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
それから、剣を抜く。
音は、ほとんどしない。
ーー静かに構える。
足を開き、重心を落とす。
意識を下へ。
沈めるように。
次の瞬間。
踏み込み。
鋭く、振る。
空気を裂く音が、小さく響いた。
止める。
戻す。
また一歩。
繰り返す。
ただそれだけの、基礎の訓練。
身体は覚えている。
迷いも、遅れもない。
ーー正確だ。
もう一歩。
踏み込みは浅く、重心は軽い。
力を受け止めず、逸らし、返すための構え。
風を切る音だけが、繰り返される。
ふと、動きが鈍る。
剣先が、わずかにぶれた。
「……」
そのまま止まる。
息を吐く。
(……違う)
形は、できている。
動きも、間違っていない。
それでもーー
何かが、噛み合わない。
ゆっくりと剣を下ろす。
庭はまだ静かで、朝の気配だけが少しずつ満ちていく。
遠くで、鳥の声がひとつ。
「……一人だと、わかりにくいな」
ぽつりと、呟く。
打ち込めば、返ってくるはずの何か。
間合いの圧。
呼吸の揺らぎ。
そういったものが、ここにはない。
(……誰かと)
そこまで考えて、わずかに視線が揺れる。
「……手合わせ、したいな」
小さく、言葉にする。
願いと言うより、確かめるような響きだった。
剣を軽く振る。
だが、やはり手応えが薄い。
(師匠ならーー)
ふと、思い出す。
静かな足運び。
気配を消すような間合い。
気づけば、すでに逃げ場を失っているあの感覚。
ーー「遅い」
淡々とした声。
打ち込めば、受けられる。
逸らしたはずの力が、次の瞬間には自分へ返ってくる。
受ければ、わかる。
返せば、伝わる。
言葉よりも早く、剣が語っていた。
「……」
胸の奥が、わずかに静まる。
同時にーー
今ここに、それがないことも、はっきりと感じてしまう。
「……はぁ」
小さく、息が零れた。
(……打ちたいな)
ぽつりと、思う。
師匠と。
あるいはーー
ほんの一瞬、別の影がよぎる。
ここの騎士団の訓練場で、騎士と交えた剣。
(……また、手合わせしてもらえないかな?)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
だがーー
そこで、ぴたりと思考が止まった。
「……そういえば」
あの時。
ベイルが、何も言わずに手を引いて。
半ば強引に、訓練場から連れ出したことを思い出す。
「……」
フェリスの眉が、わずかに寄る。
「……また、機嫌が悪くなるだろうか」
少し考える。
「……う~ん」
(……あれは)
言葉にしきれない感覚。
理解はしている。
リタに言われた。
やきもちだと、女性として見ているからだと。
そういう意味なのだと、教えられた。
でもーー
(まだ、よくわからない)
胸の奥に残る、あのざわつき。
どう、扱えばいいのかわからない。
剣先が、わずかに揺れた。
「……どうしよう」
結論は、出ない。
フェリスは、はぁ、と一つ大きく息を吐いた。
少しだけ、考えて。
「……聞いてみても、いいかな」
東の空が、さらに明るくなる。
やがて、朝日が庭に差し込んだ。
その答えがどう返ってくるのか、まだ想像もつかないまま。
離宮の庭は静まり返り、東の空だけがわずかに白んでいる。
フェリスは一人、庭の端に立っていた。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
それから、剣を抜く。
音は、ほとんどしない。
ーー静かに構える。
足を開き、重心を落とす。
意識を下へ。
沈めるように。
次の瞬間。
踏み込み。
鋭く、振る。
空気を裂く音が、小さく響いた。
止める。
戻す。
また一歩。
繰り返す。
ただそれだけの、基礎の訓練。
身体は覚えている。
迷いも、遅れもない。
ーー正確だ。
もう一歩。
踏み込みは浅く、重心は軽い。
力を受け止めず、逸らし、返すための構え。
風を切る音だけが、繰り返される。
ふと、動きが鈍る。
剣先が、わずかにぶれた。
「……」
そのまま止まる。
息を吐く。
(……違う)
形は、できている。
動きも、間違っていない。
それでもーー
何かが、噛み合わない。
ゆっくりと剣を下ろす。
庭はまだ静かで、朝の気配だけが少しずつ満ちていく。
遠くで、鳥の声がひとつ。
「……一人だと、わかりにくいな」
ぽつりと、呟く。
打ち込めば、返ってくるはずの何か。
間合いの圧。
呼吸の揺らぎ。
そういったものが、ここにはない。
(……誰かと)
そこまで考えて、わずかに視線が揺れる。
「……手合わせ、したいな」
小さく、言葉にする。
願いと言うより、確かめるような響きだった。
剣を軽く振る。
だが、やはり手応えが薄い。
(師匠ならーー)
ふと、思い出す。
静かな足運び。
気配を消すような間合い。
気づけば、すでに逃げ場を失っているあの感覚。
ーー「遅い」
淡々とした声。
打ち込めば、受けられる。
逸らしたはずの力が、次の瞬間には自分へ返ってくる。
受ければ、わかる。
返せば、伝わる。
言葉よりも早く、剣が語っていた。
「……」
胸の奥が、わずかに静まる。
同時にーー
今ここに、それがないことも、はっきりと感じてしまう。
「……はぁ」
小さく、息が零れた。
(……打ちたいな)
ぽつりと、思う。
師匠と。
あるいはーー
ほんの一瞬、別の影がよぎる。
ここの騎士団の訓練場で、騎士と交えた剣。
(……また、手合わせしてもらえないかな?)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
だがーー
そこで、ぴたりと思考が止まった。
「……そういえば」
あの時。
ベイルが、何も言わずに手を引いて。
半ば強引に、訓練場から連れ出したことを思い出す。
「……」
フェリスの眉が、わずかに寄る。
「……また、機嫌が悪くなるだろうか」
少し考える。
「……う~ん」
(……あれは)
言葉にしきれない感覚。
理解はしている。
リタに言われた。
やきもちだと、女性として見ているからだと。
そういう意味なのだと、教えられた。
でもーー
(まだ、よくわからない)
胸の奥に残る、あのざわつき。
どう、扱えばいいのかわからない。
剣先が、わずかに揺れた。
「……どうしよう」
結論は、出ない。
フェリスは、はぁ、と一つ大きく息を吐いた。
少しだけ、考えて。
「……聞いてみても、いいかな」
東の空が、さらに明るくなる。
やがて、朝日が庭に差し込んだ。
その答えがどう返ってくるのか、まだ想像もつかないまま。