騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 西離宮の応接室は、静かだった。

 大きな窓から差し込む午後の光が、淡く室内を照らしている。
 整えられた調度品はどれも上品だが、どこかまだ人の気配に馴染んでいない。

 フェリスは、背筋を伸ばして席に着いていた。

 向かいにはベイル。

 ーー騎士団の制服ではない。

 深い色合いの上着に、装飾を抑えた端正な仕立て。
 動きやすさを残しながらも、明らかに私的な装いだった。

 帯剣もしていない。

 訓練場で見た姿とは、わずかに印象が違う。
 
 「急に訪ねて悪かったな」

 「いえ……」

 短く首を振る。
 それ以上の言葉は続かない。

 わずかな沈黙。

 ベイルは紅茶に手をつけずに口を開いた。
 
 「実はーー」

 一度言葉を切り、わずかに視線を外す。

 「母が、君に会いたがっている」

 フェリスの視線が、わずかに上がる。

 「……お母様が?」

 「仮とはいえ婚約したと伝わってから、うるさくてな」

 一拍置く。

 「君も環境が変わったばかりだ。落ち着いてからにしようとは言っていたがーー」
 
 「茶でもどうか、と」

 形式ばった招待ではない。
 あくまで、様子を見るような軽さ。

 フェリスは、ほんのわずかに考える間を置いた。
 
 この場に来てからの時間。
 慣れない環境の中で過ごした日々。

 それでもーー

 避けては通れないことだと、分かっている。

 「……わかりました」

 静かに頷く。

 「ぜひ、お会いさせて頂きます」

 ベイルは、それを一瞬だけ見て、わずかに視線を外した。

 「そうか」

 それ以上は何も言わない。

 だが、どこか、肩の力が抜けたようにも見えた。

 
 小さな間。

 フェリスが、そっと口を開く。

 「……あの」

 ベイルの視線が戻る。

 「先日の手合わせでの件ですが……」

 わずかに視線を伏せる。

 「あの場で、副隊長殿にご注意を受けましたし……」

 言葉を選ぶように、ほんの一瞬の間。

 「やはり、ご迷惑になるのではと……」

 否定はしない。

 だが、引こうとしている。

 ベイルは、その言葉を黙って聞いていた。

 そして。

 「問題ない」

 短く、言い切る。

 フェリスの視線が上がる。

 「気にするな、とは言わないがーー」

 一瞬だけ言葉を選び、

 「俺の管轄だ」

 淡々とした声音。
 だが、それは責任の所在を引き受ける言い方だった。

 「それに」

 わずかに、間。

 「確かめたいことがある」

 フェリスが、わずかに首を傾ける。

 「……確かめたい、こと?」

 「ああ」

 視線は真っ直ぐだが、その奥はわずかに思考を含んでいる。

 「手合わせをした時に、気になったことがあってな」

 それ以上は言わない。

 あの時感じた違和感。
 掴めなかった何か。

 それが、まだ残っている。

 「もう一度、手合わせしたい」

 短く。

 命令ではない。
 だが、引く気もない言い方。

 フェリスはわずかに息を整えた。

 断る理由はある。
 だがーー

 それ以上に、その誘いを退ける理由がなかった。

 理由はわからない。
 ただ、避けることだけは、違う気がした。

 「……わかりました」

 静かに頷く。

 その言葉に、ベイルは小さく頷いた。

 再び、静けさが戻る。

 窓の外、風が木々を揺らす音。

 フェリスはカップに手を伸ばし、わずかに口をつけた。

 落ち着いているはずの空気。
 だが。

 ほんのわずかにーー
 カップを持つ指先に、わずかに力が入る。

 剣を振るう時とは違う緊張だった。

 何を求められているのか。

 どう、振る舞うのが正しいのか。

 分からないまま、評価だけが先にある。

 ーー婚約者として、ベイルの家族と会う、ということ。

 その意味を、まだ自分は理解しきれていなかった。
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