騎士団隊長の初恋は、訳あり男装剣士でした
 ベイルは、淡々と応対を続けていた。

 向けられる言葉も、視線も、どれも一定の距離を保ったものだ。

 それに対し、必要なだけ応じる。

 それ以上も、それ以下もない。

 だがーー

 ふと、意識が外へと向いた。

 人の流れの、その外側。
 
 静かに立つ、一人の姿。

 セレスティアだった。

 こちらへ来ようとして、けれど、まだ動いていない。

 そのわずかな“間”ごと、視界に捉える。

 (……)
 
 言葉にするほどの思考はない。

 ただ、自然に。

 ベイルはその場の会話を切り上げた。

 「失礼」

 短く告げる。

 引き留める気配はあったが、それ以上に踏み込ませる余地は与えない。

 そのまま、人の輪を抜ける。

 迷いなく、一直線に。

 セレスティアのもとへ。

 ***

 「ーー待たせた」

 気づいたときには、すぐ目の前にベイルが立っていた。

 セレスティアは、わずかに目を見開く。

 来るとは思っていた。けれどーー

 自分が歩き出すより先に、距離が消えていたことに、ほんの少しだけ、心が追いつかない。

 「いえ……」

 小さく、首を振る。

 その声が落ちるのと、ほとんど同時に。

 ベイルが、静かに手を差し出した。

 自然な動作だった。

 迷いも、ためらいもない。

 ただーー

 その指先が、触れる直前で、わずかに止まる。

 ほんの一瞬。

 相手の意思を待つための、ごく短い“余白”。

 セレスティアは、その意味を理解する。

 (……)

 胸の奥が、小さく、揺れる。

 選ばされているのではない。

 委ねられている。

 その感覚にーー

 今度は、迷わない。

 そっと、手を重ねる。

 触れた瞬間。

 なめらかな手袋越しに、わずかな圧が伝わる。
 
 強くもなく、
 けれど確かに逃がさない、穏やかな力。

 包み込むでもなく、引き寄せるでもない。

 ただ、「ここにある」と示すような触れ方だった。

 触れた瞬間。

 (……ああ)
 
 ほどけていく。

 先ほどまで胸に残っていた違和感が、静かに形を失っていく。

 視線が、自然と上がる。

 ベイルは、こちらを見ていた。

 何も問わないまま。

 ただ、確かめるように。

 その視線を、セレスティアは、受け止める。

 言葉は、いらなかった。

 ベイルが、わずかに指先を動かす。

 促すようでもなく、引くでもなく。

 ただーー隣に立つ者としての、ごく自然な合図。

 「行こう」

 短い一言。

 今度は、その意味を迷わない。
 
 セレスティアは、小さく頷いた。

 繋がれたままの手の位置が、わずかに並ぶ。

 それだけで、歩き出すタイミングは、自然と重なった。

 どちらが先でもない。

 ただ、同じ歩調で。

 二人は並んで歩き出す。

 足音が、揃う。

 それだけのことなのに、先ほどまでとは、どこか違って感じられた。

 周囲の視線は、確かにまだ向けられている。

 けれどーー先ほどのような鋭さはない。

 意識の外側に、そっと押しやられていくように、輪郭を曖昧にしていく。

 ざわめきも、同じだった。

 すべてが聞こえているはずなのに、不思議と、意味を結ばない。

 ただの音として、流れていく。

 (……近い)

 そう思ったのが、何に対してなのか、自分でもわからなかった。

 隣にある気配。

 繋がれたままの手。

 そのどちらもが、確かにそこにあって。

 それ以外のものが、少しだけ遠くなる。

 世界が変わったわけではない。

 ただーー自分のいる位置が、変わったのだと、セレスティアは、ぼんやりと理解する。
 背後に残る視線も、囁きも。 

 もうーー

 どこか遠いもののようにしか、感じられなかった。
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